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世界はいい色をしている  作者: 速水詩穂
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スケッチ~ヤミの場合①~【禁断恋愛】




 スケッチ  ヤミの場合


 世に言う夏休みは終わったのだ。終わったにも関わらず、まだ引き延ばそうとするのは濃紺の下地にベール状にかかった橙。ここからだと少し距離のある街中、繁華街の放つ光がそれを「まだ残っている夕日」と錯覚させる。時刻は二十時。ちゃんととっぷり夜なのだ。

 空気自体まだぬくい。ひんやりとしたコンクリートの石段は白。座ったまま短くなったマルボロを押しつけると、後ろ手をついた。


 まぁ、別に、いいんだけどね。


 頭が重くて首を傾ける。だからといって首が楽になったかと言えばそうではなくて、ただ単に左の首筋が攣った。めちゃくちゃ痛い。

「何、またフラれたの?」

 左の首筋を押さえたまま見上げると、双子の弟ラミが満面の笑みで首をかしげていた。人当たりが良く、誰に対しても親切なラミは誰からも好かれた。外ヅラ一つで人生をイージーモードに変えた弟は、あたしに全く似ていない。ポケットに両手を突っ込んだまま「よいしょ」と隣に腰を下ろす。

「うっせ、違うし」

「ヤミがタバコ吸うの、男にフラれた時しか見たことないんだけど」

 思わず舌打ちが漏れた。あの人の前では決して見せない顔をしている自覚はある。

「違う。あたしがフッたの」

 目一杯愛情を注いできたつもりだった。あの人の望むとおり、理想通り。

「あんな浮気男、いらないってフッてやったの」

 結果、もういらないと宣言された。何が足りなかったのか、どこが悪かったのかと尋ねたら「そういう所」と返された。全否定だった。

 隣からくつくつと声がした。見るとあろうことか笑っていた。いくらこっちからフッたと言っても、傷心中の身内を前に血も涙もないのかコイツは。

「違う違う」

 ラミは顔の前に手をかざしてあたしが放った圧を払った。

「別にフラれた時しか見たことないだけで、どっちにしても同じようなことくり返してるだけじゃんって思ったらおかしくて」

 コイツの分析はいつも鼻につく。あたしは「今」「この問題」にまっすぐ向き合っているのに、イチイチ過去の事例を引っ張り出してきて達観したがる。あたしはそんな「頭で恋」なんてしてない。だからラミみたいに冷たい男は嫌いだ。

「違う。傾向と対策」

 どこの塾講師だ。あたしは今正しい教えなんて求めちゃいない。欲しいのはマルボロ。あとは半日後どうなってもいいからしこたま飲める酒。間違っても模範生のラミが差し出すはずのないものだった。

「ヤミはかわいくないのに男ウケするから、最初は相手から寄ってくるのに、自分に自信がないから、相手の理想っぽい自分を演じて失敗する。勝手に自分で自分の首を絞めて、ニコチンとアルコールで回復。で、時間が経つと喉元過ぎて同じ事をくり返す」

 文字とか言葉とか何かもうそういうの嫌だ。

 あたしが欲しいのはその回復アイテムであって、オンタイムズタズタパーソンにする説教なんて、ギリギリ残ったライフさえ、えぐりかねない。今あたしがこの場で頭を抱えて倒れたら間違いなく「おまわりさんこの人です」だ。

「いい加減やめたら? そういう進歩ないの。見てて頭悪いって思うよ。だったら自信が持てるようになるまで自分を磨くとかさ」

 とうとうあたしは身体を横たえた。この世で一番分かりやすい、ストライキという名の全力抵抗。駐車場から一段上がったコンクリートは白くなめらかで、ひんやりとした無機質がぼーっとする頭をやさしく支えた。一方、頭の重さを支えなくてよくなった肩と首が、今度は固い地面に窮屈を訴える。何でも都合良くはいかないらしい。

 ぼんやりと浮かぶ雲はわたがしのようにやわやわした輪郭。南西の空、低いところに三日月が浮かんでいた。遠くまたたくのは飛行機。




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