第一章・後編
「あれ!水車小屋!」
私は
カミュに下ろしてもらい
壊れた水車小屋へ駆け寄った。
水車は
離れた場所で壊れてて
小屋も
壁が残っているだけだった。
ここで
エルお兄ちゃんは
ガルおじさんと
小麦を挽いて
粉にしていた。
ママは
その粉で
美味しいパンを
焼いてくれた。
パパは
虫たちの世話をしてて
サナギから成虫になって
空いた繭から
『糸』を作っていた。
パパの作った糸で
グレイスおばあちゃんが
パッタンパッタンって
機を織る。
「おばあちゃんの『後継ぎ』はルーナだよ」
グレイスおばあちゃんは
いつもそう言っていた。
ねえ・・・
みんな、どこ?
どうして
どこにもいないの?
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この辺に
見覚えがあるのかないのか。
ルーナは
あたりを見回していたが
ある一方を指差した。
「あれ!水車小屋!」
直視している
ルーナを
地面に下ろしてやると
『水車小屋』へ
一目散に駆け出した。
周囲を警戒するが
人っ子一人
見つからない。
正直な話
ルーナが
この地へ戻るのは
分かりきっている事だ。
オレが
軍を率いているなら
ルーナの
生死が確定するまで
この村に
兵士を常駐させておくだろう。
その
兵士すら
気配がない。
試しに
掛けてみた
探索魔法は
この村から外へ
外からこの村へ
光や音
声や臭いだけでなく
生物のすべてが
そして
あらゆる魔法からも
『遮断』されていることを
教えてくれた。
今の
生まれ故郷は
ルーナにとって
『安全地帯』だった。
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広場に向かう途中で
見覚えのある服を着た
ガイコツが
倒れていた。
「ガルおじさん・・・?」
おじさんが
いつも
自慢してた短剣が
ボロボロの状態で
そばに
落ちていた。
「『ガルシア』なんて女みたいな名前じゃなく『ガルおじさん』と呼んでくれ」
おじさんは
いつも
私に言っていた。
パパが
「内緒だぞ」と言って
教えてくれたのは
ガルおじさんが生まれる前に
『死んだパパ』が
「生まれる子供は女の子だ」と言って
『ガルシア』と
付けていたんだって。
エルお兄ちゃんは
面白がって
「ガルシアおじさん」って呼んでたけど
私は「ガルおじさん」って呼んでた。
おじさんは
いつも
短剣を見せてくれて
「良い子のルーナは、俺が必ず守ってやる」って言ってくれた。
その後は必ず
ママから
「ルーナの前で短剣なんか出さないでちょうだい!危ないでしょ!」
ケガしたらどうするの!
って怒られてた。
パパとエルお兄ちゃんも
「近くにいるのに、なぜ止めないの!」って
怒られてたっけ。
ガルおじさんと別れて
広場に近づくと
少しずつ
『みんな』が増えていった。
一人ひとりに話しかけて
先に進む。
広場では
『パパとママ』が待っていた。
「パパ。ママ」
重なったガイコツ。
私が
グレイスおばあちゃんに
教えてもらいながら
一人で織り上げた
ママの目と同じ色のストール。
パパの目と同じ色の糸で
織った布から
エルお兄ちゃんが
作ってくれた
羽根付き帽子。
プレゼントしたら
二人とも
喜んでくれて
『村祭り』で
身につけるって
約束してくれた。
「約束・・・守ってくれたんだね」
後ろから
強く抱きしめられた。
「・・・カミュ」
なんでかな?
かなしいのにね
なみだが出てこないの
ヘンだよね・・・
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『水車小屋』から近い場所で
野ざらしにされたガイコツが一体。
ルーナは
ガイコツの横にしゃがんで
「ガルおじさん・・・?」と
呼びかけて
頭蓋骨を撫でて
何か
話し掛けている。
オレは
少し離れて
その様子を見守っていた。
しばらくすると
フラリと立ち上がり
そのまま歩き出す。
オレは
一定の距離を開けながら
ルーナの後を
ついて行く。
ルーナは
ガイコツを見つけると
傍らにしゃがみ
名前を呼びかけて
頭蓋骨を撫でて
何か
話し掛けていた。
「パパ。ママ」
広い場所で
ルーナは
重なったガイコツに
そう呼びかけた。
『ヤバい』
そう思い
駆け寄ろうとしたが
「待って」という
女性の声が聞こえて
足も指も
声すらも
出すことが出来なくなった。
「約束・・・守ってくれたんだね」
その
絞り出した
感情の消えた声で
オレは
無理矢理
気力で
根性で
『見えない拘束』から抜け出し
ルーナに駆け寄って
後ろから
強く抱きしめた。
「・・・カミュ」
なんでかな?
かなしいのにね
なみだが出てこないの
ヘンだよね・・・
その言葉に
オレは
何も言えなかった。
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ルーナに手を引かれ
カミュは
広場の中央に立つ
巨木の前にいた。
『偉大な魔法使いの木』
そう呼ばれて
村で崇められてきた巨木だったが
村が焼き討ちにあった時に
この木も燃えたようで
枝葉は焼け落ち
樹皮は黒く煤けていた。
「『ジェシカ』様、眠っちゃったのかなぁ」
木を見上げていたルーナが
ポツリと呟く。
「ジェシカ・・・様?」
「うん。『偉大な魔法使い』」
カミュの問いに
ルーナは頷く。
「村祭りはねー。本当は『ジェシカ様』のお誕生日のお祝いなんだよ」
でもね
ジェシカ様は
『お誕生日』がキライなんだってー。
まるで
ジェシカ本人から
聞いたように話すルーナ。
「・・・さすがに、1,000を越える歳は数えたくないよな」
「そうなの?」
カミュの言葉に首を傾げるルーナ。
早く大きくなりたいルーナには
まだ難しい話だったようだ。
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ルーナの話では
『偉大な魔法使い』の名は
『ジェシカ』だという。
言い伝えられている
『賢者』の名は
『ジェシー』だ。
名前から
男性だと思っていたが
まさか
女性名だったとは・・・
ルーナの
『挨拶』は
再開していた。
小さくて
半分砕けた頭蓋骨。
『あの日』の
ひと月前に生まれた
「お隣のナルちゃん」だそうだ。
父親の頭蓋骨が
そばになく
離れた場所で見つかった。
・・・それは多分『切られた』のだろう。
「アルおじちゃんも一緒」
ルーナは
『アルおじちゃん』を
胴体のそばに置いた。
顔の向きを
『ナルちゃん』の方へ
向けて。
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「エルお兄ちゃん・・・」
あの時
お兄ちゃんは
なんて叫んだの?
「聞こえなかったよ?」
「ん?」
何かに気付いた
カミュが
お兄ちゃんのそばにしゃがんで
何か探ってる。
「カミュ?」
どうしたの?
「手を出してごらん」
と言われて
両手を器のようにして
カミュに差し出した。
その中に
『キレイな水色』の石が
填められた
木彫り飾りが
乗せられた。
「これ・・・?」
「たぶん『ペンダントトップ』だ」
ついていた紐は焼けてしまったみたいだけどな。
「そいつの後ろだけどな」
そう言って
カミュが
『ペンダントトップ』を裏返す。
そこには
ルーナ
おめでとう
エルンスト
と彫られていた。
「エル・・・お兄ちゃん・・・」
ありがとう。
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カミュは
ルーナが逃げたという
村の奥へ向かって歩いていく。
ルーナの
ペンダントトップは
カミュが預かって
アイテムボックスに入れてある。
「無くしたらヤダもん」
ということらしい。
「あのね。あの時、エルお兄ちゃんがなんか叫んでたの」
でも
ルーナね。
エルお兄ちゃんが何を言ってたのか
聞こえなかったの。
アレクがね
ルーナのこと
抱っこして走り出したら
エルお兄ちゃんが笑ったの。
なんでエルお兄ちゃん
一緒に来てくれなかったのかな?
ルーナの言葉に
カミュは息が詰まった。
『エルお兄ちゃん』は
多分
「ルーナを連れて逃げろ」と
叫んだのだろう。
そして
自分は
『妹を守って死ぬ覚悟』を
していたのではないか?
それでも
妹には
『笑顔の自分』を
覚えていて欲しかったのだろう。
「すごいアニキだったんだな」
カミュが
思わず口にした言葉に
ルーナは
嬉しそうに笑った。
ルーナに
連れられてきた場所に
三体のガイコツを見つけた。
アレクも
マルベリーも
ナルスも
ここにいたんだね。
「・・・ただいま」
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「この岩山か?」
「うん」
二人は
岩山の前に立っている。
入り口だったと思われる木の扉は
破壊されて
階段がむき出しの状態だ。
「ここをね。2時間上がるの」
「2時間・・・ねぇ」
カミュは
階段を見上げて
ルーナを見下ろした。
「じゃあ行くか」
カミュは
ひょいとルーナを抱き上げる。
「カミュゥー」
膨れるルーナ。
「片道2時間。往復4時間。十分『日が暮れる』な」
確かに
今から4時間後だと
確実に
夜になってるだろう。
それが分かっているだけに
文句も言えない
ルーナだった。
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盗賊なだけあって
他人より身軽なカミュは
平地を走るように階段を上って行く。
それでも
途中で
ガイコツを見つけると
カミュは足を止める。
ルーナのために。
「・・・グレイスおばあちゃん」
踊り場で見つけた
ガイコツの横にしゃがみ
ルーナは声をかける。
「ルーナ、ね。グレイスおばあちゃんの『跡継ぎ』だったんだよ」
「なんの?」
「機織り」
10歳から始めて
一人で織れるようになったんだよ。
「エラいな」
ルーナの頭を撫でてやると
ルーナは勢いよく
カミュにしがみついてきた。
「なんで?なんでみんな殺されちゃったの?」
「ルーナ」
「やっぱり、ルーナ」
「は『おバカな子』」
「違うもん!」
「じゃあ『そんなこと』は言うな」
そう言って抱き竦めると
「カミュは死んじゃったりしない?」
と言い出した。
「いずれは死ぬだろうが、その予定は今のところないなー」
「じゃあ殺されたりしない?」
「その気はないな」