第一章・中編
麓の村人から聞いた山から
ひとつ外れた山道を
ルーナと進む。
生まれ故郷が近くなって
懐かしい空気を感じて
嬉しいのか
ルーナは
いつもより元気だ。
「ぴょん♪」
オレが手を持って
支えているとはいえ
ルーナはすぐ
岩や切り株から飛び下りたがる。
「・・・ルーナ」
少し離れた場所で
花をしゃがんで見ていたルーナが
オレの緊迫した声に反応して
慌てて腕の中に飛び込んできた。
そのまま岩陰に隠れて
息を押し殺す。
「こっちは異状なし」
「こっちの道もだ」
近くの村に滞在している
騎兵隊と思われる2人が
声を掛け合っている。
この先に
枝道があるようだ。
「もう戻ろうぜ」
「そうだな。早く宿舎でキューっと一杯やりたいもんだ」
・・・どこへでもサッサと行ってくれ。
「それより第一騎士団が探している『悪魔の子』は見つかったのか?」
「あ?『呪われた子』じゃないのか。まだ見つかってないらしいがな」
「どっちにしろ『手を下したら呪われる』んだろ」
「俺は『関わったら殺される』と聞いたぞ。そんな奴、どっかで野垂れ死にしてくれればいいのにな」
「まったくだ」
バカ笑いをしながら
騎兵たちは遠ざかっていく。
笑い声が聞こえなくなって
オレは緊張を解いた。
「ルーナ」
オレの腕の中で
青ざめて固まっている
ルーナに
声をかける。
「ルーナ」
再度呼びかけても
ルーナは固まったままだ。
・・・ここで正気に戻すのは危険だ。
ルーナが声をあげれば
やり過ごした連中が戻ってくる。
下手すれば
仲間を呼ばれてしまう。
・・・・・・オレとしては
ルーナのココロを傷付けたヤツらを
地獄の底まで落としてやりたいが。
オレは
ルーナを抱き抱えて駆け出す。
連中に
仕返しするより
ルーナを守りたかった。
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「アレは・・・?」
オレは
岩山の中腹あたりで
人工物を見つけた。
それは
岩肌に似せた
扉だった。
騎乗では
見つけることが出来ない
絶妙なその位置は
さらに
低木が目隠しになっていて
遠目からは岩肌にしか見えない。
扉を開けて中を確認する。
中は
洞窟になっているようだ。
オレは
ルーナを抱き直して
洞窟へと足を踏み入れた。
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洞窟内は
けっこう明るかった。
天井に
ヒカリゴケが育っており
それが
星空の下にいるように
錯覚させていた。
しばらく道なりに進むと
広場のように
少し開けた場所を見つけた。
ここなら大丈夫だろう。
「ルーナ」
オレは
周りより盛り上がっている
草の生えている場所で
ウエストに付けている
アイテムボックスから
ラグを敷いて座り
繰り返し
ルーナの名を呼ぶ。
「ルーナ」
いつものように
強く抱きしめて
頭を撫でて
背中を軽く叩く。
「・・・・・・ヒック」
ルーナの小さな身体が
ピクリと動く。
「わたしの・・・せい・・・?」
「違う」
「わたし、が・・・」
「・・・ルーナ?」
「わたし・・・わたしが・・・」
ルーナの中から
今まで感じたことのない
強い魔力が湧き上がる気配・・・
「ああああーーー!」
叫び声とも
悲鳴とも
判断出来ない声をあげる。
「ルーナ。もう大丈夫だから。落ち着け」
「ヤアアアーーー!イヤアーーー!」
狂ったように
泣き叫ぶルーナを
落ち着かせようと抱きしめる。
それを
身を捩って
逃れようとする。
小さな口を
限界まで大きく開き
焦点の合わない目は
過去の惨劇を見ているのか・・・
オレは
ルーナの口を
自身の口で塞いだ。
暴れる
ルーナのアタマを押さえつけて。
どのくらい
時間がたっただろう。
長く感じていたが
実際は短いのかもしれない。
腕の中のルーナは
突っ張っていた手足から
チカラが抜け
大人しくなっていた。
ルーナの
頭を押さえていた手を緩め
口を離す。
ルーナの目には
生気が戻り
今度はちゃんと
オレと目を合わすことが出来た。
「ふぇ・・・かみゅー」
「おかえり。ルーナ」
ルーナの額にキスを落とすと
安心したのか
涙が溢れ出して
オレの首に抱きついてきた。
「ただいま」と泣きながら。
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ルーナが
泣き疲れて眠るまで
オレはずっと
ルーナの
背中を軽く叩いていた。
アイテムボックスから
タオルケットを取り出し
身体に掛けて
横になる。
腕の中で
スヤスヤと寝息をたてている
ルーナの
泣き腫らした目に
回復魔法を掛ける。
回復魔法で
ココロに負ったキズも
『なかったこと』に
出来ればいいのにと思う。
オレは
騎兵たちの会話を思い出した。
『悪魔の子』
『呪われた子』
アレは
ルーナをさした言葉だろう。
今はもう
何も感じないが
あの時
ルーナの中から感じた
強い魔力。
あれが
関係しているのだろうか・・・
人は
『尋常ではない』
『計り知れないチカラ』に
恐怖をもつ。
それが
顕著に現しているのが
『賢者の存在』ではなかろうか。
・・・ルーナの村に伝わる
『偉大な魔法使い』
ルーナの話だと
王室仕えだった魔法使いが
争い事に巻き込まれるのを嫌って
仲間と共に
村を作って隠れ住んだ。
この国に伝わる『賢者の伝説』では
誰よりも強い賢者が
その圧倒的なチカラで
国民を苦しめ
たくさんの魔法使いが
生命を投げ出した結果
賢者を倒して
世界に平和が訪れた。
2つの物語を
すり合わせてみる。
賢者の
圧倒的なチカラで守られてきた
国民は
自分たちに
その矛先が向けられる恐怖をも
持ち合わせていた。
彼らの持つ畏怖に
賢者や魔法使いたちが
気付かないはずはない。
自分ならどうする?
チカラで押さえつけるか?
それでは
いずれ
民の感情が爆発する。
ならば
この地で隠れ住んだ方が
『どちらも救われる』のでは
ないだろうか。
『賢者の伝説』に出てくる
賢者と戦って
生命を落とした魔法使いたち
彼らの名前は
誰一人分からない。
だが
当時の記録から
賢者と共に
『沢山の魔法使いが居なくなった』
のは事実らしい。
では
この村に移り住んだ
魔法使いたちが
記録から消えた
魔法使いたち
それだと
合点がいく。
モゾモゾと
腕の中で眠るルーナが
身動ぎして
オレは考えを止めた。
軽く抱きしめて
「大丈夫だ。ルーナ」と囁き
頭を撫でて
背中を軽く叩く。
「ふぅっ」と息を吐いた
ルーナの身体から
チカラが抜けて
落ち着いた寝息が
聞こえてきた。
そうだ。
今のオレが優先すべきなのは
過ぎた過去に
思いを飛ばすことではない。
この腕の中の
『小さな存在』を
あの連中から
守り抜くことだ。
オレは
目を閉じて
腕の中の温もりに
安らぎを感じながら
眠りについた。
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「ルーナ。こんなトコ知らないよ」
来たこともないよ。
この洞窟が
ルーナの村へ
繋がっていると思っていたが
ルーナは
この道を「知らない」という。
・・・知らなくても不思議ではない。
この道は
『村の外』へ通じる道だ。
一部の人物
もしくは大人しか
知らない道かもしれない。
少なくとも
『好奇心旺盛な子供たち』なら
外に出てしまう危険性がある。
『隠れ住んでいる』からこそ
不自由でしかない
『決まりごと』ほど
『守られなくてはならない』
「じゃあ、『成人の儀』をしたら教えてくれたのかなぁ?」
お兄ちゃんは知ってたのかなぁ?
ルーナは
ハチミツを入れた
ホットミルクを飲みながら
首を傾げる。
「かもな」
空いてる手で
ルーナのアタマを撫でてやる。
今はもう
それを知る方法はない。
ルーナの村では
『成人』は18歳だという。
王都を含む
この国では15歳だ。
だが
『賢者が王都にいた頃』の成人は
18歳だったらしい。
この国の成人年齢が
18歳から15歳に早まったのは
戦争に駆り出すためだ。
徴兵で駆り出せるのは
『成人』からだ。
魔法の能力が高ければ
魔法使いとなれるが
そうでない者は
『捨て駒』として
最前線で戦わされる。
女性兵士が
弓兵などとして
後方部隊に配属されるようになってから
男性歩兵は
完全に『捨て駒』状態になった。
戦力だった
賢者も
魔法使いも居なくなったこの国は
『人海戦術』で勝ち進み
たくさんの犠牲を出して
この大陸全土を平定した。
戦争が終わっても
『成人は15歳』のままだったのは
働き手が必要だったからだ。
「カミュは『大人』なんだよね?」
ん?
どうした?
ルーナの言いたいことが
よく分からなかった。
「でもルーナの村では『まだ』なんだよ」
だから、カミュも『子供』なの〜。
ルーナと『一緒』だよー。
満面の笑みで言い出したルーナに
「『一緒』か?」と聞くと
「うん!『いっしょー』」と
抱きついてきた。
ルーナは
オレと『一緒』なのが
嬉しいようだ。
オレも
嬉しくなり
笑顔でルーナを抱きしめていた。
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単調な洞窟を
どこまでも進んでいく。
ルーナは
天井や壁の
ヒカリゴケに
興味をそそられたりと忙しい。
何にでも
手を出そうとするため
危なっかしい。
毒はなくても
皮膚がかぶれる可能性もある。
そのため
手を繋いで
ルーナの行動を制限している。
「・・・カミュ」
「ん?」
ずっと
繋いでいる手に
ルーナがチカラを入れてきた。
「ルーナは、『あくまの子』、なの?」
『のろわれた子』なの?
俯いて
震えた声で聞くルーナ。
どちらともなく
足を止めていた。
オレは
膝を折り
ルーナと目の高さをあわせてやる。
「オレには、ルーナは『おバカな子』にしか見えないな」
「ルーナ、『おバカ』じゃないもん!」
ふくれた頬を突っついて
「お子ちゃま」と言ってやる。
「ルーナ、『お子ちゃま』じゃないもん!」
と
さらにふくれっ面になる。
強く抱きしめてやると
「ルーナが『怖くない』の?」と
聞いていた。
「ルーナ」
人は
『自分より強い相手』を怖がるものだ。
そして
『怖いもの』
『悪いもの』
に喩える。
確かに
『ルーナの中にあるチカラ』は
強いかもしれない。
でも
オレは
ルーナを
『怖い』と思ったことはない。
「オレが『怖がっていない』のに、ルーナは『自分が怖い』のか?」
ルーナの
身体を離して
目線をあわせる。
「ルーナ、のこと・・・『怖くない』?」
「ぜんぜん」
オレの目から視線を外さず
震えながら聞くルーナに
オレは即答する。
「ルーナのこと、ホントに怖くない?」
「ああ。一度も『怖い』と思ったことはない」
ルーナの頭を撫でながら言ってやると
大きな目から
涙がこぼれ出した。
「たとえ、世界中の人がルーナを『怖い』と言っても、オレだけはルーナを『怖い』とは思わない。絶対に」
だから
自分を怖がる必要はないんだ。
言い聞かせるように
ゆっくりと
噛んで含めるように
話してやる。
「怖くない・・・?」
「ああ。怖くない」
「ぜんぜん?」
「ぜんぜん」
今のルーナは
ココロを落ち着かせるために
『確認』をしているだけだ。
「カミュは・・・ずっと一緒にいてくれるの?」
「ああ。一緒にいてやる」
だから安心しろ。
オレの言葉に
何度も頷く
ルーナ。
「心配するな。大丈夫だ」
そう言って
抱き抱えて立ち上がる。
「だから言っただろ。『ルーナはおバカな子』だって」
怖がらなくていい事を
怖がってた『おバカな子』だ。
そう言って笑う
オレに抱きついて
「ルーナ・・・『おバカな子』だもん」
だから置いてっちゃヤだよ、と
小さな声で訴えてきた。
オレは
それに答えず
ルーナの頭を撫でていた。
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ずっと
ルーナを抱き抱えて
洞窟の中を進んで行く。
ルーナは
何かを感じ取っているのか
緊張しているのか
表情や身体が
引き攣っている。
道の先が
少し明るくなり
出口が近いことを教えていた。
それでも
オレたちは
口を開かなかった。
村が無事なら
生存者がいるなら
何かしらの
『音』が
聞こえてくるはずだ。
オレたちの耳には
何も聞こえて来なかった。
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出口は
ツタが絡まっているだけの
何も無い
石畳の空間だった。
変わらず
オレの腕の中にいる
ルーナは
キョロキョロと
辺りを見回している。
「見覚えがあるのか?」
「・・・わかんない」
首をプルプルと
左右に振り
コテンと傾ける。
オレは
空いてる手を
壁に伸ばす。
石独特の
固い感触が
指先に触れた。
ルーナも
オレのマネをして
手を伸ばす。
だが
ルーナの指が
石に触れることはなかった。
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ルーナが
手を伸ばした壁には
大人が通れる広さの空間が
現れた。
その先には
草原が
広がっていた。
ルーナの目には
驚きと戸惑い
そして
恐怖が
表れていた。
「ルーナ。大丈夫か?」
オレは
そのまま外に出ず
口を開いた壁から
離れた床に座り
腕の中で
小さく震えている
ルーナに
話しかける。
ここまで来たんだ。
今さら
慌てる必要はない。
ルーナの
望むタイミングで
動けばいい。
ルーナは
オレの服を掴み
身体を
震わせながら
それでも
少しずつ
ゆっくりと
呼吸を整わせていく。
服を掴んでいる
ルーナの手に
オレの手を重ねる。
「無理をしなくていい」
時間は
いくらでもある。
ゆっくりで構わない。
だから
「一緒に行こう」
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「もう大丈夫」
大きく息を吐いて
ルーナは
顔を上げた。
まだ
緊張はあるものの
無理してる表情ではない。
「じゃあ行こうか」
オレは
ルーナを
抱き上げたまま
『壁の向こう』へ
足を踏み出した。
目の前に
広がっていたのは
湖と壊れた小屋。
振り向くと
そこにあったのは
周囲より
大きな木だった。