第一章・前編
あの日あの時
私の生まれ育った村は滅びた。
理由は分からない。
何も分からない。
あれからずいぶん時は過ぎたのに
今でも理由は分からない。
あの日
私は捕らえられて
王城の地下牢へ投獄された。
その理由も分からない。
あの日は村祭りの日。
村の子供たちは
一生に一度
『神の遣い』と呼ばれる
祭りの主役に選ばれる。
神事は
岩山の中をくり抜いて作られた洞窟を
2時間近く進んで
着いた山頂から
村や遠くの大地を見る。
小さな村の中で生きていく私たちに
『世界は広い』ことを
教えるためだ。
あの日の『神の遣い』は
18歳のアレクを頭に
16歳のマルベリー
15歳のナルス
そしてもうすぐ12歳になる私。
山頂で私たちは
待っていた村長から
村の成り立ちを聞いた。
当時王室仕えだった『偉大な魔法使い』が
争い事に巻き込まれるのを嫌い
魔法使いを慕う者達と共に
この土地を開拓して住み着いたらしい。
村長の話を聞いて
私たちは『偉大な魔法使い』の話に夢を馳せ
私たちの『将来の夢』に思いを乗せて
岩山を下りた。
行きは辛かったのに
帰りは楽しくて
2時間なんて気にならなかった。
そして
村に戻った私たちが見たのは
燃え上がる村と
大地に倒れた村人たち
隣のおばちゃんと一緒に倒れてる
先月生まれたばかりのセルちゃん
アルおじちゃんは
セルちゃんの側に倒れてるけど
お洋服しか見えないよ?
粉挽きのお仕事をしてる
エルお兄ちゃんが
こっち向いてなんか叫んでる
何言ってるの?
聞こえないよ?
そうしたら
アレクに「逃げるぞ!」と
腕を引っ張られた。
無理だよ。
足が震えて動かない。
それに気付いたアレクが
私を抱えて走り出した。
エルお兄ちゃん
なんでこっち向いて笑ってるの?
お兄ちゃんも一緒に行こうよ。
アレクも
マルベリーも
ナルスも
なんで泣いてるの?
私は何にも口に出来なかった。
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あの時逃げた私たちは
馬に乗った男たちに捕まってしまった。
今ならいえる。
子供の足では
馬相手に逃げられないって。
馬と遊んだことがあっても
追いかけられるなんてなかったから
そんなことも
分からなかった。
マルベリーも
ナルスも
アレクも
追いつかれて
背中から切られた。
私は
押さえつけられて
剣を振り上げられた。
怖かった。
そして
パパやママやお兄ちゃん
村の大人たちから
「絶対に使っちゃダメ」と
言われていた魔法を使ってしまった。
私が気が付いたのは
冷たい石畳の上。
床に直接寝ていた。
目の前に鉄格子があって
ここは牢屋だって
私は牢屋に入れられたんだって
わかった。
静かだから
きっと村の誰もいない。
声を出して泣いちゃダメ。
そんなことしたら
また怖い人がくる。
今度はきっと
私を殺しにくる。
「おい」
気付いたら
鉄格子の向こうから
知らないお兄ちゃんが声をかけてきた。
名前はカミュ
盗賊をして捕まったと言った。
「オレと一緒にここから出るか?」
そう言われて頷いたら
鉄格子の扉を開けてくれた。
「こっちだ」
空いている牢屋の奥に
『隠し通路』があって
そこから長い通路を進んで
お城の外に出た。
帰りたくても
家の場所も分からない。
村の場所も分からない。
村の名前も分からない。
そんな私を
カミュは『隠れ家』に置いて
情報を集めに出ていった。
夕方には
見たことのないご飯と
『聞いた話』を持って帰ってきた。
ご飯を食べて
そのまま寝ることになった。
私はベッドで寝て
カミュはソファーで寝ると言った。
でも小さな私の方が
ソファーを使った方がいいと言い張ったら
「男にはカッコつけさせろ」って。
・・・言ってることが分からない。
でも「朝早く出るぞ」と言われて
ベッドに入れられた。
カミュの服を離さなかったら
ため息を吐いて
一緒にベッドで寝てくれた。
一人で寝るのが怖かったから。
夜中に何度も目が覚めたけど
カミュが
抱きしめて背中をトントンしてくれたから
すぐ眠くなったんだよ。
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城下町で
窃盗をしくじって
牢屋に入れられた。
それも王城の地下牢だ。
何度も入っているから
どこに隠し通路があるか分かってる。
そして
何度も脱獄している。
それでも
何故かここに放り込まれる。
そして今回
この牢には相応しくない
『先客』がいた。
「おい。なんだよこのガキ」
そう言ったら
ガキの先祖とやらが
『大犯罪者』らしい。
先祖の罪を
このガキに背負わせる気か。
さすが
『血も涙もない愚王』だ。
オレを牢に入れた兵士は
オレをぶち込んだ鉄格子のカギを
何度も確認して
地上へ出ていった。
ガキの入っている牢の鉄格子を蹴りつけて。
さて
ここから出るとしますか。
気付くと
さっきまで床で倒れてたガキが
目を覚ましたようで
声を押し殺して泣いていた。
・・・ガキの泣き方じゃないだろ。
「おい」
声をかけたら
涙で濡れた目を
こちらへ向けてきた。
「オレと一緒にここから出るか?」
そう言ったら
目を丸くして頷いた。
そうだ。
『先祖の罪』なら
こいつの親にでも
押し付ければいいじゃないか。
ガキのいる鉄格子の扉を開けたら
怯えた様子で出てきた。
「こっちだ」
誰もいない牢屋の鍵を開け
中から鍵を閉め直す。
奥にある木箱の後ろにある
壁の小さな隙間から
「隠し通路』へ入る。
そこから
長い通路を進んで行く途中で
ガキの話を聞いた。
名前はルーナ。
もうすぐ12歳。
問題は
村の名前も場所も分からない事だ。
だが
ガキ・・・ルーナは分かってないが
話を聞く限り
村が焼き討ちにあったらしい。
それなら町で
『兵士たちが『実戦』もしくは『練習』に行った場所』を調べればいいだろう。
とりあえず
ルーナを『隠れ家』に連れて行った。
大人しく待ってるように言って
簡単な食事や飲み物を置いて出た。
情報は
酒場で簡単に手に入った。
「最近『第一騎士団』が犯罪者の隠れ里を見つけて討伐してきた」
らしい。
『第一騎士団』って
国王直属であって
そんな『討伐』に出る部隊ではない。
向かった場所は分からなかったが
『第一騎士団』が通った町や村や街道を
調べて行けば検討はつく。
適当に料理をテイクアウトして
夕方には
『隠れ家』へ戻った。
ルーナは
飲まず食わずで過ごしていたらしい。
テイクアウトした料理を出すと
不思議そうにしていた。
初めて見る料理だったようだ。
恐る恐る
ひと口食べて
「美味しい」と嬉しそうに笑った。
こんな
大衆食堂のメシで喜ぶなんて
どんな生活してたんだ?
とりあえず
残った料理は
アイテムボックスに放り込んでおいた。
旅の中で
食べさせてやろう。
メシの後
生活魔法で身綺麗にしてやると
目を丸くしていた。
ルーナの村では
普通に
家には風呂が付いているし
公衆浴場もあるらしい。
「スゴい!スゴい!」と
はしゃいでいたが
家に風呂がある方が
逆にスゴいとオレは思う。
とりあえず
ルーナをベッドで寝かせて
オレはソファーで寝ると言った。
ルーナは
ここはオレの家だから
ベッドで寝るのはオレの方だ
自分は小さいから
ソファーを使うと引かない。
思わず
「男にはカッコつけさせろ」って言ったら
首を傾げてた。
早朝の人目につかない時間に
ここを出ようと思っているから
ルーナを抱き抱えてベッドに入れたが
服を掴んで離さない。
小さな手は震えていた。
ああ。
こいつは『惨劇』の生き残りだったな。
ため息を吐いて
一緒にベッドで寝ることにした。
寝ている間
焼き討ちを目にしたルーナは
酷く魘されていた。
その度に
小さい頃
母がしてくれたように
抱きしめて背中を叩いてやると
すぐに静かになり
寝息が聞こえるようになった。
オレたちは
日が昇る前に『隠れ家』を後にした。
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王都を出て
西に歩を進める。
小さな歩幅のルーナは
自分の倍はある
カミュの歩幅について行くのに必死だ。
それに気付いたカミュは
ルーナを抱き抱える。
「自分で歩けるよ」
「いやいや。お前の足では、あっという間に日が暮れる」
「暮れないもん!」
カミュは
ふくれっ面のルーナの頬を突っつく。
「お子ちゃま」
「違うもん!ルーナ、もうすぐ12歳だもん」
「『まだ』11歳だろ」
「『も・う・す・ぐ!』12歳だもん!」
必死に食い下がるルーナに
カミュは吹き出した
笑ったことに
また膨れたルーナは
ポカポカとカミュを叩いてくる。
チカラは弱くて
鍛えた身体のカミュには
痛くも痒くもない。
それでも大げさに痛がってみせる。
「痛い痛い。分かった。悪かったって」
「まだ笑ってるー」
ポカポカと叩く手を止めない
ルーナの身体を
カミュは
少し強く抱きしめた。
「もうおしまい」
そう言うと
「むぅー」と膨れつつ
叩く手を止める。
そんなルーナの背中を
カミュは
なだめるようにポンポンと叩いた。
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街道で現れる魔物は弱く
ほとんどは
カミュの一撃で倒されていく。
ルーナは
魔物から得たドロップアイテムの中から
『どうのつるぎ』を装備している。
村では
子供たちは全員
剣術を習っていたらしい。
使ってたのは「細い剣」と言ってたから
レイピアあたりだろう。
確かにルーナの剣さばきは
レイピアの動きに近い。
ただ
まだまだ11歳の子供。
(ルーナが聞くとふくれっ面になるが)
どうのつるぎでは重いようで
一撃が終わると
どうしてもふらつく。
だがリーチがある分
短剣よりは
安全じゃないかと思える。
それでも
『何も出来ない子供』じゃないだけ
まだマシだ。
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「馬に乗った兵士?連中だったら、この街道を真っ直ぐ行ったぞ」
「道中で何度も見かけたが、けっこう荒々しい連中だったな」
「何やら『極悪人』が脱獄したらしいぞ」
「この先の・・・あそこに見える高い山。あの山の先に『隠れ里』があったらしいぞ」
「ああ。『盗賊のねぐら』の話か。あんな山の奥なんかにそんなのがあったとはな」
「まあ。ワシらが襲われる前に皆殺しになって良かったじゃないか」
「で、旅人さん。何の話だったかい?」
「・・・塩と乾物を」
「おお!そうじゃったな」
話一つ振っただけで
情報が何倍にも膨れて手に入った。
それにしても
ここでも
『賢者の隠れ里』は
知られていなかったようだ。
どれだけ
秘匿された村だったんだ
ルーナの生まれ故郷は・・・
王都を出てから半年。
第一騎士団が
オレたちを探しているのは
分かっていた。
だから
街道を大きく外れて
山道を通って
やっと近くまで辿り着いた。
「それで?兄ちゃんは『隠れ里』の見学かい?」
「ムリムリ。どこにあるか兵士たちも口を固くしとって分からんらしいぞ」
「ハハハ。違う違う。村が見えたから食料が切れる前に、補充で寄っただけだ」
「塩は王都に向かうと、質が悪くなるのに値は上がるぞ」
「え?そうなんですか。・・・じゃあもう少し買っていこうかな」
「ああ。そうしたほうがいいぞ」
商売上手だな。
だが
確かに王都より格安だ。
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今日も
カミュが
近くの村へ『情報』を集めに行った。
そんな時は
私はいつも
山の中で見つけた
洞窟の中で
誰にも
見つからないように
隠れていた。
見つかったら
きっと
怖い目にあう。
だから
カミュが帰ってくるまで
私は
『命懸けのかくれんぼ』を
している。
・・・ガサ。
物音がすると
私は
息を潜めて
身を縮める。
「ルーナ。ただいま」
「!カミュ!おかえりなさい!」
カミュの声で
張ってた気持ちが
一瞬で軽くなる。
私は
カミュに駆け寄って飛びつく。
カミュはいつも
笑いながら
私を抱きとめてくれる。
「今日はもう少し進んでから休もうか」
カミュは
私を軽々と抱き上げて
山の中を進んでいく。
私は
子供じゃない
けど
「カミュ・・・」
「山道は危ないからな。ちゃんと掴まってろよ」
「うん」
カミュの首に腕を回す。
「一人にしてゴメンな」
寂しかっただろ?
カミュは
私を置いて離れる時は
いつもそう言って
私を抱きしめて
頭を撫でてくれる。
そんな時
こう思うんだ。
『まだ子供でもいいかな?』って。
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オレが
町や村に下りる時は
ルーナは
山の中で
隠れて待っている。
第一騎士団は
『男女2人組』を探しているし
ルーナの村を
『極悪人の隠れ里』と偽り
それを信じている
連中は
言いたい放題だ。
それに対して
異議を唱えるのは
『情報集め』では
タブーだ。
それに
出来る限り
ルーナの耳に
入れたくはない。
植物採集や鉱物採集
木の伐採など
森や山に
入っている者は
少なからずいる。
だから
森や山から来て
森や山へ入っていく事に
誰も
不審に思わない。
情報集めと
買い物を済ませて
ルーナの元へと戻る。
周囲を見回す。
さっきの村で
耳にした話だと
第一騎士団とは別に
自警団が
定期的に見回りをしているそうだ。
そろそろ
『その時期』に入るらしい。
付近に
誰もいないことを確認してから
洞窟の入り口に潜り込む。
「ルーナ。ただいま」
そう声をかけると
すぐ
「!カミュ!おかえりなさい!」
と返ってくる。
それと同時に
少し目を潤ませたルーナが
飛びついてくる。
それを
オレは笑顔で受け止めてやる。
「ただいま」
「おかえりなさい」
こんなやり取りは
母を亡くして以降
口にしたことも
言われたこともない。
オレを
盗賊として育てたオヤジとは
ろくに会話もなかった。
だが
ルーナと行動をはじめて
普通に口にするようになった。
くすぐったい気分だが
嫌ではない。
いつもルーナは
一人で
息を潜めて
物音がする度に
身を縮こませて
オレが戻るのを
待っている。
心細い思いをさせている。
だから
オレの姿を見ると
安心するのか
涙目で
飛びついてくる。
「今日はもう少し進んでから休もうか」
オレは
ルーナを抱き上げて
山の中を進んでいく。
自警団が動くのは
村の様子から
今夜ではない。
だが
少しでも痕跡を残したくはなかった。
それに
ルーナを
少しでも安心できる場所で
休ませてやりたい。
半年たった今でも
ルーナに
『安らかな夜』は訪れていない。
初めて過ごした
『隠れ家』の夜から
オレは寝る時に
ルーナを抱いている。
今では
少しグズり出しただけで
寝ぼけながらでも
背中を軽く叩いて
安心させてやれるようになった。
寝ている時に
身体を引き攣らせることも
少なくなった。
あれは
ココロにストレスを感じている時に
起きるらしい。
少なくなったということは
ルーナの負った
ココロのキズが
少しは軽くなったのだろうか。
「カミュ・・・」
ルーナは
自分の足で
歩きたいのだろう。
だが
この山の低木の枝が
ちょうど
ルーナの顔あたりだ。
王都に住む
普通の12歳より
はるかに小柄なルーナでは
枝が目に刺さる可能性もある。
「山道は危ないからな。ちゃんと掴まってろよ」
「うん」
素直に頷いて
ルーナの腕が
オレの首に回される。
「一人にしてゴメンな」
寂しかっただろ?
そう言って
ルーナを抱きしめて
頭を撫でてやる。
そうすると
ルーナの
緊張して固まっていた身体から
チカラが抜ける。
ルーナは
オレに全幅の信頼を寄せている。
オレは
ルーナの期待に
応えられているのだろうか・・・