くれない様はおわします
くれない様はこの森の、一番奥におわします。
この森一番の、大木でございます。
樹齢は500年とも、600年とも言われております。
くれない様は毎年、それは見事な紅葉をなさいます。
ですが、それを見ることを出来るのは、選ばれた一人の人間だけでございます。
その者は、迷い人。
人生に迷いし者が、導かれてやってくるのです。
くれない様を見た者たちは、みんなおんなじ反応をいたします。
しばしの間大口を開けて、くれない様に魅入ります。
そして、いつしか涙を流し始めます。
その壮大な姿に、圧倒されてしまうのです。
降り落ちる葉は、川面を染めます。
その流れに導かれるように、迷い人は帰ります。
どうかあなたも、くれない様のところに来られたのなら、
そのお姿を、目に焼き付けておいてくださりませ。
ゆめゆめお忘れなきように、お願いいたします。
ここに来れるのは、人生で一度きりでございます。
万が一にもということは、ございません。
ただ、あなたの記憶の中にのみ、くれない様はいらっしゃいます。