弾丸列車構想<2>
皇紀2583年12月12日 帝都東京
有坂総一郎による答弁において300km運転による経済効果は国家予算数年分という衝撃的な発言によって議場の空気は飲まれてしまった。
ザワザワと議員諸氏が周囲の議員たちとやりとりをしているが、彼らには総一郎の構想の中にあるこの時代では実際には実現不可能な数値に気付いた者は未だいなかった。
「議長、発言を許可していただきたい」
議員諸氏のざわつきを押し退ける様な大声が議場に響いた。
「櫻内幸雄君、発言を許可します」
「立憲政友会の櫻内だ。有坂参考人、一つ尋ねるがよろしいか?」
櫻内幸雄……戦後自民党で政策科学研究所・櫻内派を率いた櫻内義雄の父である。彼は電燈会社、電力会社の経営者を歴任し、鉄道会社の設立にも参画している人物だ。電気関係のフィクサーの1人ともいえる。
「どうぞ……」
「貴殿と鉄道大臣、島参考人は連携して此度の鉄道政策の転換を促したであろうことは想像に難くない。そして、この弾丸列車構想もそうだろう……」
櫻内は、ゆっくり、だが、重々しく総一郎に言葉を投げかけた。
「櫻内議員の御想像の通りであります」
「……私も電力関係の企業を率いてきた……そして鉄道の設立にも関与した……だからこそ、尋ねるのだが……貴殿らは、この構想を従来の蒸気機関車で達成するつもりでいるのか? 確かに、島参考人の満鉄は150kmを超える運転速度の蒸気機関車を開発したが……我が帝国本土は勾配や曲線が数多く存在する……せざるを得ない国土である。で、あるならば、満鉄の様な平坦な路線の条件を当て嵌めるのは如何なものかと考えるのだが……如何かな?」
櫻内は先程同様にゆっくりと言葉を選びつつ自身の疑念を総一郎にぶつけてきた。
「櫻内議員……なかなか痛いところを突いてこられますな……」
総一郎はまさかこういう形で追及されるとは想定していなかった。
だが、この時代、議員になるのは名士であったり実業家が中心である。当然、知識のある者もそこそこはいるのだ。そして、櫻内も知識を有する人物であった。
「いえ、大変結構なことです。御懸念は尤もであると存じます。ええ、我々の構想では当初は蒸気機関車による運転を計画しております。ですので、開業当初の目標営業速度は200km前後を目指しております。これは、先に配られました満鉄のパンフレットにある新型機関車の延長線上にある機関車とご理解いただいて結構であります」
「なるほど……確かに堅実だ。だが、それであれば、在来線の改良に注力されるのが適当な判断であろう? もしくは営業速度を150kmに落としてダイヤ編成を容易にするべきではないか?」
櫻内は淡々と現実的な議論をしてくる。
「議員の仰ることはまさに道理であります。ですが、弾丸列車構想には2つの役割があります……高速列車の運行による時間距離の削減、これは先に申し上げた通りであります……もう一つは……」
総一郎は一度言葉を区切り櫻内をまっすぐ見てから言葉を続けた。
「もう一つは……貨物列車の大増発に対応するための線路容量の確保であります。我が帝国は未だ貧弱なインフラによって経済を支えております。……しかし、今後10年、20年で我が帝国の経済は現状を数倍する規模に膨れ上がることになろうかと存じます……。その時に経済を支えることが出来るインフラでなければ経済成長は鈍ることになります……。そして……」
「そして?」
総一郎がよどみなく話していたにも関わらず答弁を区切ったことに櫻内は続きを催促した。
総一郎は促されて言葉を続けようとしたが、少し考えをまとめるために黙った。
「有坂参考人? どうした?」
「失礼致しました……櫻内議員が私の想定以上に踏み込んでこられましたゆえ、どうお答えするべきか考えをまとめておりました」
櫻内は納得がいったらしく黙って総一郎が言葉を紡ぐのを待つことにした。
「お待たせしました。さて、議員諸氏は欧州大戦の前線と銃後の関係を御存知でありましょうか?」
総一郎は議場を見渡すがその殆どが横に首を振るか首をかしげるものばかりだった。
「簡単に申しますが、策源地たる主要工業地帯で生産されました物資を鉄道によって前線近くまでピストン輸送し、それを馬匹で前線まで輸送し塹壕戦という一大消耗戦を繰り広げておったのであります……。つまり、内陸部における鉄道輸送というものは総力戦を行うにあたって非常に重要なものであり、その限界が低いものであれば、あっという間に物資は欠乏し、継戦能力を失う……ということであります。また、同時に国民生活の命綱としての役割をも失うのであり、これは事実上国家が死ぬことを意味します」
総一郎は顔を引き締め真剣な表情で議場を見渡すと言い放つ。
「時間距離の削減という役割は到達時間が早くなるというだけでなく、それだけ物資を迅速に輸送出来るということであり、そして在来線の線路容量確保は帝国全土の生産力拡充の余裕を確保するということと同義なのであります! これは、帝国陸海軍にとっても大いに関係することであり、沿岸地域のみならず山岳地域などの内陸地域すらも一大兵器廠とすることが出来るというものであります。……無論、これは産業界にとっても同様であると言え、地方の需要の拡大を促す好機ともなるのです!」
総一郎の言葉の意味を理解出来た議員たちは賛意を示しだす。
「なるほど、表面だけではわからぬ真意こそが重要であるというのですな? であるならば、地方の発展と産業構造の転換は我ら地方選挙区選出議員にとっても、地方に住まう帝国臣民にとっても、大きな利益となる……この櫻内、感服した。出来るだけの支援を約束しよう……議長、私の質問は以上だ」
櫻内は満足そうに頷き自身の席へ戻っていった。




