第47回帝国議会<2>
皇紀2583年12月12日 帝都東京
前日の議会はシベリア出兵に関する質疑が中心となり、最終的には国境画定の長春条約批准決議が行われ賛成多数で可決された。
これによって日ソ間の和平構築の橋頭保を築くことが出来た。だが、それは極東シベリアにおける諸問題のうち国境と緩衝地帯確保という問題が片付いたに過ぎなかった。
原内閣は残る尼港事件の賠償交渉など残る問題の解決に全力を挙げると公約し、交渉の経過は都度報告するとし、シベリア関係の質疑は終了したのである。
シベリア方面政策において原内閣は派遣軍の活躍もあり、国内的には絶大な支持を得ていた。また、近く設立されるシベリア新国家への移民や資本、産業の受け入れなども国際的に大きく門戸を開くと国際的に公約したこともあり、概ねロシア人亡命者の多い大英帝国やアメリカ合衆国から好感を得ていた。
原はこの感触に帝国の未来は明るいと確信を持っていた。
「昨日の議会においては議員諸氏の協力によって東亜新秩序の構築、欧亜の安定に大きく寄与する長春条約が批准成立したことを心から感謝する……我が帝国はシベリア出兵において欧米の批判を甘受したが、帝国陸軍の活躍によって批判を覆す結果を得ることが出来、そして、諸氏の協力によってここに新しい明日を築くことが出来ることは帝国の未来に大きく寄与すると確信するものである」
議会冒頭に原は感極まった様子でこの様に演説した。
「本日の議題は帝都再興とそれに関する方策についてである……詳しくは先日鉄道大臣に任命した仙石貢君と先日まで東京市長として陣頭指揮を執っていたがこの国難を乗り切るために内務大臣に任命した後藤新平君の方針演説に譲りたい……では、議長、宜しく差配してください」
原は粕谷義三衆議院議長に目配せし促した。
「鉄道大臣、仙石貢君」
「些か短兵急ではありますが、序論を省き趣旨説明をさせていただきます……今後、鉄道省は従来の建主改従の方針を覆し、改主建従とさせていただく方針であります」
仙石の言葉に議場は騒然となった。
元々、原率いる立憲政友会は鉄道政策において狭軌で路線拡大を主張した経緯があり、腹心である床次竹二郎に鉄道院総裁を任命し、広軌派を弾圧、左遷させていた。後藤や島安次郎などがその対象者であった。
だが、内務大臣であった床次を更迭し、これに後藤を充て、また鉄道大臣も同様に広軌派の仙石を充てた。この人事に原総理乱心と立憲政友会内部で異論があったが、高橋是清大蔵大臣がとりなし、山梨半造陸軍大臣も同調し、結果、閣内一致という形となり立憲政友会の反発を抑え込んだのである。
「まずは、不要不急の路線建設の中断を行い、その建設費用を以て既存の路線の改良へと手当てすることとします。ただし、完成間近の路線、今後の需要が拡大すると想定される路線に限っては建設を続行することとします」
仙石の言葉に地元の状況を把握する立憲政友会議員の悲喜こもごもが聞こえてくる。建設続行が確約された議員は面目が立ち安堵の声を、そうでない議員はあからさまに抗議の声を挙げている。
「帝国の興廃は鉄道行政如何に関わってまいります。不急路線の建設は無意味無駄とは申しませんが、東海道本線や山陽本線の輸送力拡大と比べ優先すべきものではありません。そして、此度の震災で鉄道は麻痺しております……徐々に復旧が進んでおりますが、これから進める事業は復旧ではなく、未来への投資であります……具体的に申せば、毎時150km、200kmの高速度で運行される高速列車の運行を目指し、これによる時間距離の短縮を図り、また、これを支えるため、現在の狭軌から広軌への改軌を行います……」
議場は再び騒然となる。
仙石は毎時150km、200kmもの高速度の列車を運行すると宣言したからだ。
「議長! 発言の許可を願います!」
「犬養毅君、発言を許可します」
犬養毅……史実では鳩山一郎とともに統帥権干犯問題をでっち上げた議会政治を潰した張本人だ。であるにもかかわらず、軍部台頭の被害者という扱いを受けている人物だ。
「仙石大臣、大臣が言う150kmだの200kmだのは夢物語ではないのか? 現在でも帝都と大阪の間は約半日程度かかるが、単純計算で4時間程度で結ばれるではないか? 左様なこと到底信じられぬ……その様な夢物語を語るのであれば、現実に目を向け、交通弱者である山間部、地方部への路線建設をすべきであると思うが……大臣はどう考える? 総理も以前は同じように考えておったはず……それが斯様な夢物語に耳を傾けるなど何を考えておるのだ?」
犬養の主張に建設中止が明言された選挙区選出議員が頷く。
「議長、参考人答弁の許可を……有坂重工業の有坂総一郎氏と満鉄理事の島安次郎氏に答弁願います」




