大角提督の決断
皇紀2597年3月1日 満州総督府領 暁油田
海軍と南満州鉄道の提携は意外と古い。
遡ること10年、28年に満鉄から海軍省へ一つの提案がなされたことに由来する。当時、満州において張作霖が爆殺され、関東軍が出動し抵抗する軍閥を討伐しながら満州全域を制圧していた頃である。
この頃、帝国政府中央官庁の一部には満鉄経由の情報によって満州に石油が出ることが伝わっており、関心が向けられていたが、同時にどこに出てくるのかという肝心な情報が全く出てこず半信半疑の状態であった。
しかし、関東軍は軍閥や張学良の軍隊を悉く粉砕撃破し、満州一帯を確保するべく行動を起こしており、何者かの謀略によって事態が連動しているのではないかという噂が囁かれていた。その噂の中心となっていたのが有坂コンツェルンであり、それと手を組んだ満鉄、そして関東軍が巻き込まれ、帝国政府や陸軍中央が追随するという格好になっているというのが中央官庁で諜報に長けている者たちのおおよその観測であった。
実際、その観測は半ば当たっており、大英帝国から非公式の提案として油田権益の山分けでケツ持ちをするという話が駐英大使館経由で外務省に持ち込まれ、蚊帳の外であった外務省は蜂の巣をつついたような大騒ぎになったのである。
その後、満鉄及び鉄道省が遼河油田の存在を帝国政府に対して認め、出光商会及び有坂コンツェルンの関与を時の鉄道大臣仙石貢が明言し、「やはりそうだったか」と疑念を抱いていた者たちを深く納得させた。
そして、当事者である満鉄は総裁山本条太郎が時を同じくして海軍省にこの油田から産出するであろう石油、特に重油の優先供給を約しているが、これは非公式の秘密協定によって海軍側が事変拡大を手助けする引き換えの取引材料でもあったのだが、先述の提案につながるのである。
このとき、関係閣僚及び事変当事者による秘密会議が行われており、その席上で海軍大臣大角岑生は満州油田の油質から海軍管理下にすることを提案したが、その席上、陸軍大臣宇垣一成があの名言――「陸軍としては海軍の提案に断固反対である」――と言い出し大蔵大臣浜口雄幸を味方につけ対抗するという経緯が生まれている。また、そのときに統帥権干犯事件の一悶着が再び会議を混沌に突き落とすことになるのだが、それは別のお話。
件の会議の結果、海軍省は満州原油の精製分で重油に優先権を得ることが出来たが、代わりに軽油やガソリンの取り分を陸軍省や鉄道省などに優先配分されることを認めることとなってしまった。
だが、大角にはそれでも十分であったのだ。政治的には海軍が鉄とガソリンと軽油を譲ったという格好だが、その代わり満州原油の精製分で4割にも及ぶ重油を確保し、更にニッケルなど戦略資源の優先権を得るという成果を上げていたからである。
これが、満鉄側からの提案と結びつくことになるが、その真の価値を理解しているのは大角ただ一人であった。そして、満鉄の提案そのものも直接石油とは関係のないもので、石炭液化による人造石油の共同開発というモノであった。
石炭液化の研究開始当初は海軍方式と満鉄方式が併存し、海軍側は自分たちの開発技術を満鉄方式よりも優れていると信じて疑わず、ごり押しでこれによる企業化、工業化を目指したが、満鉄方式を支持する満鉄技術者と帝大技術者たちはこれに反発、満鉄方式が優れていることを証明し、海軍と満鉄の共同開発に亀裂をいれることとなった。
だが、大角は直接裁定によって満鉄方式を採用すると宣言、同時に事業化を1年加速するよう指示し、必要な資材や資金を優先的に配分し、これに応えたのである。
このとき、満鉄側からの要望で独IGファルベン社からベルギウス法の技術導入を進めたことで研究開発は更に加速することになり、大角の要求通り35年に形となり九五式水素添加装置が完成し、並行試験の結果、制式化された。これによって、重油から再処理したガソリンを得ることに成功し、海軍は陸軍などに譲った分のガソリン確保を達成することになった。
しかし、大角はこのプラントは通過点でしかなく、さらなる研究開発を推進させ、試製九七式水素添加装置が遂に完成し、低オクタン価である満州産ガソリンを高オクタン価に引き上げる目処が付いたのであった。
本来行っていた石炭液化技術の開発と熟成も並行して進行し、撫順や牡丹江などの炭田に大規模な石炭液化工場を建設し、ここにおいてそれぞれ年産5万kl規模の工場が稼働しつつある状態にある。また、有坂系企業である帝国窒素も朝鮮北部においてアンモニア事業によって蓄積した技術を用いて38年操業開始を目指して年産10万klの人造石油工場を建設しているが、これは満鉄・海軍系技術ではなく、自前の高圧工業技術によるものである。
こういった事情から大角は史実と同じベースでその失敗を見直して海軍のエゴを抑え込み技術者の意見に耳を傾けて王道路線によって燃料問題解決を図り、そして、長期プロジェクトとしてきっちり仕上げて見せたのであった。
ただ、大角にとっての誤算はそれでもオクタン価90程度までしか確保出来ないという問題であり、その解決にはフードリー法やUOP法という接触分解技術が不可欠というそれにぶつかり、行き詰まったのである。
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