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この身は露と消えても……とある転生者たちの戦争準備《ノスタルジー》  作者: 有坂総一郎
皇紀2597年(1937年)

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油田とプラントと官と民と

皇紀2597年(1937年)3月1日 満州総督府領 暁油田


 有坂夫妻が視察に赴いた暁油田であったが、天候の兼ね合いもあり2月28日は視察に不向きと言うことで3月1日に改めて視察を行うこととなった。


 多少天候が回復したとは言えど、北満州は極寒の地である。十分に防寒したといえども底冷えする寒さである。


 だだっ広い平原にいくつも掘削リグが稼働し、採掘区を増やすべく技術者や鉱夫たちが周囲に多数見られた。また既に採掘が始まっている鉱区においてはサッカーロッド・ポンプが盛んに動き原油をくみ出している。いささか古めかしい採油方法であるが、最もシンプルかつ稼働率が良いこと、駆動させるための機関の燃料をその場で調達出来ることからこれが利用されコスト低減に寄与しているのであった。


 くみ出された原油は近傍の製油所に送られ、ここで精製されて満州各地へ出荷配送されると同時にパイプラインを通じて満鉄の線路沿いに渤海沿岸の営口まで送られ、ここからタンカーによって内地の徳山、四日市、川崎などへ送られ、現地の製油所で精製され、内地での需要を満たしている。


 今回、有坂夫妻が視察に来た最大の理由はこの暁油田に併設された新式の水素添加設備のお披露目に招待されたことであり、同時に出光商会が満州において外資を抑えて圧倒的シェアを誇っていることから、海軍省と商工省が結託し、外資締め出しのために有坂コンツェルンと出光紹介を利用しようと画策したからであった。


 元々、南満州鉄道から海軍省に持ちかけられた人造石油共同開発の申し出に端を発したそれが、大角岑生海軍大臣のリーダーシップによって海軍側の技官の推す海軍方式ではなく、ドイツ系技術を利用した満鉄方式のそれが採用され、研究が加速し、34年に結実し、九五式水素添加装置として完成した。


 当初、満州原油では四エチル鉛を添加してもオクタン価70程度にしかならなかったが、この九五式水素添加装置の開発によって重油を熱分解し、その後水素添加によって再処理、四エチル鉛を添加することでオクタン価80-85に引き上げることに成功したのである。


 しかし、陸軍は海軍が開発したそれに見向きしなかったわけではないが、オクタン価の低さからロイヤルダッチシェル系列のライジングサン石油から航空用ガソリン調達を行うことを継続した。一方当事者の海軍はこの結果に満足出来ず、更に水素化の技術開発を進め、試製九七式水素添加装置を完成させ、これによってオクタン価90-92へと引き上げようと画策していたのである。


 ガソリンの主要需要を担う陸海軍は航空機発動機の性能向上でオクタン価が大きく影響することを自覚したが故に技術革新を推進すると同時に適切な燃料調達を目指したのだと言えるだろう。


 だが、そのしわ寄せは当然のように民間への圧力となって現れるのである。それだけでなく、石油製品の需給バランスにも影響を与えるのだ。


「高性能ガソリンが欲しいのはわかるし、必要なのもその通りだけれど、これは所詮、通り道でしかない。本当に必要なのは、総生産量であり、廃ガス利用したイソオクタン製造なんだよなぁ」


 海軍側からの説明を聞き流していた有坂総一郎は妻の結奈に向かって呟く。


「そのイソオクタン製造は鈴木商店などと一緒になって随分前からお膳立てしていたではなくて?」


「帝国窒素・・・・・・史実で言えば日本窒素肥料の関連事業、朝鮮窒素がアセチレンからやっていた件だけれど、あれも本業の片手間なんだよ・・・・・・米帝様の規模に比べたらね」


「そもそも比べる対象が間違ってないかしら?」


 それを言ってはお仕舞いと思うが、正論が故に受け入れるしかない。


「まぁ、規模そのものはどうにもならんから、諦めるとしても、問題はイソオクタンとガソリンはほぼ同量用意出来なければオクタン価95-100にするのは難しい。というか、満州原油をこの試製九七式水素添加装置で再処理してもオクタン価92なんて海軍さんが言うほどすんなりいかないと思うのだよねぇ」


「それはそうでしょうね」


「要は今ここで我々が呼ばれたのは、海軍省と商工省の本音とは別に、設備の公称値を保証出来ないからなんとかしろというのが本来の理由なんだろう」


「それって海軍さんがなんとかするべきモノじゃないのかしらね」


「出来ているなら、海軍印のお墨付きのシステムを下賜するからそれで増産しろと言ってくるだろう? 大角さんは海軍がここまでお膳立てしたから、後はおまえがなんとかしろと暗に要求しているのかも知れない」


「まぁ、そうね」


 陸軍からの参列者の一部は海軍側の説明に大いに頷き「帝国の技術も欧米に肩を並べたか」と満足げにしているが、逆に技官たちは首をひねって「90は出ても92は難しいのではないか?」と囁きあっている。


 石油業界各社のお偉方も将官たち同様に「素晴らしい」と言い合っているが、出光商会側の出席者や各社の技術者たちは微妙な顔をしつつもいくつか質問をしては納得出来る点については頷き、説明を拒む点については疑義を挟んでいた。


 しかし、石油業界にとっては日の丸石油製品の供給量や品質が上がること自体を否定するものでもなく、これによって競争力を高められ、商圏と商機の拡大という可能性を示されて飛びつかない理由はなかった。


 結局、海軍側からの技術供与という形で石油業界の何社かが新設製油所に九五式と試製九七式のプラントを設置する契約が結ばれることとなったのだが、これに異議を示す技術者も幾人かいたが、経営側の要求が優先されたのである。


「商工省はどうしてもライジングサン石油やスタンバックを追い出したいみたいだなぁ。そのためには海軍と組んで業界に圧力を掛けるなんて朝飯前なんだな・・・・・・出来試合を見せられた気分だよ」


「出光さんのところは、内地の商圏は限られているし、主軸が満州と北支だから商工省は特に何もしていないのでしょうね」


「さすがに満州という自由経済地域に目に見える形で圧力を掛けるのは商工省でも憚られるのだろうさ」


 北満州に立ちこめる暗雲は官民の間にある闇を示しているようにしか総一郎には思えなかった。

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