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この身は露と消えても……とある転生者たちの戦争準備《ノスタルジー》  作者: 有坂総一郎
皇紀2597年(1937年)

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北の大地に湧き出るアレ

皇紀2597年(1937年)2月28日 満州総督府領 暁油田


 東條英機と有坂夫妻がいくつかの打ち合わせと現状把握を行った26日の夜は更ける。連日の激務による疲れが出てきたこともあり東條はそのままヤマトホテルに一室を用意させそこで休み、翌朝官舎に立ち寄って関東軍総司令部へ戻っていった。


 余談になるが、関東軍総司令部は満州の中央にある新京へ移転されることとなっていたが、海軍の旅順鎮守府が設立されたことによる陸海軍の連携や外国公館が大連に多く存在していることもあり、結局移転が中止されてしまったのであった。満州総督府も同様の理由から大連に置かれたままであり、新京が政治的中枢都市となることを阻んでしまったのである。


 しかし、港湾都市として満州の入り口としての経済都市である大連ではあったが、満州全体を考えると新京や奉天の方が経済都市としての発展性とその余地は分が悪かった。そのため、外国資本も当初は利便性の高い大連や旅順、連京本線の沿線に進出していたが、次第に鉄道の結節点である奉天や郊外の発展余地の大きい新京へと移転していったのだ。そうなると自然に人口も新京へと移転していくようになった。


 だが、外国公館は新京に移転することなく大連に残置されたままであり、新京には出張所が設けられる程度になっている。このことから、総督府や総司令部、鎮守府も大連及び旅順に残置される方がメリットが大きかったのだ。


 とは言っても、実質的に大日本帝国が統治しているが、どの国家に属するか明確になっていない状態で大日本帝国の行政・軍政・軍令機関が関東州から外に出て行くと言うことは諸外国にとっても懸念を示す内容でもあり、非公式であるが、移転に反対する申し入れがあった。要はどこの国にとっても満州という地域をどの国家であろうと明確に支配領域に組み込ませたくないのである。実質的に大日本帝国が支配しようが、それは談合の結果であるという枠組みを維持して甘い汁を吸いたいという列強の思惑が働いているのである。


 そんな満州は経済的には世界でも最も自由貿易が盛んな地域になっていると言っても良い。特定の国家の法体系や経済システムが商取引を阻害しないからだ。確かに日本国内法が準用されているとはいえども、商取引には実質的な障壁はほとんどない。あるとしても関税くらいなものだが、それも一般的な関税の水準であり、輸出入を阻害することはない。


 それ故にアメリカ自動車資本は積極的に満州へ進出し、満鉄系の昭和製鋼所が存在する鞍山にフォードが進出、昭和製鋼所にとって大口の取引相手となっていた。この満州フォードの生産した乗用車は一般的に満州域内や朝鮮半島へ流れていたが、アメリカ合衆国の支那介入で占領地経営にトラックや乗用車の需要が急増し、上海向けに輸出されることが最近では多くなっている。


 ゼネラルモーターズもシボレーブランドが新京に工場を設立し、ここで満州域内及び正統ロシア帝国向けのトラックの製造を始め、北満州と南満州で色分けされる格好となったのは面白い構図である。


 有坂コンツェルンも満州において事業を行う際に付き合いのあるフォードからトラックを手配しようとしていたが、北満州はシボレーブランドで占有されている為、不要な軋轢を生まないために断られた経緯があり、北満州の鉱山や油田ではシボレー1.5t積みトラックが運用されている。


 また、帝国陸軍でも制式の九四式六輪自動貨車が自動車工業(37年4月に東京瓦斯電気工業と合併し東京自動車工業となる予定)から供給されているが、供給能力が追いつかないため、関東軍に配備されている多くのトラックはシボレーから供給されたそれを用いているが、現場での評価は大いに分かれているという。


 曰く、発動機の性能や信頼性はシボレーが上であるが、路外走破性能は九四式に及ばない。


 曰く、タイヤの耐久性は赤菱自動車の山猫に使っているアレ相当があればシボレーでも路外走破性能が十分かも知れない。


 曰く、それならシボレーに九四式を作らせれば良いんじゃないか?


 現場は好き勝手にそういったことを司令部などに要望してくるのであるが、確かにその要望通りにすれば最も使いやすい制式トラックが使われるのかも知れない。しかし、そうなるとシボレーがへそを曲げ、東京自動車工業は生産数が減少して破綻する、赤菱自動車は儲かるかも知れないが供給面での不安がある・・・・・・土台無理な話なのである。


 結局、あるもので我慢せよと陸軍省は回答するほかないという現実がそこにはあり、そういった大日本帝国の現実はいくら国力や生産力が上がってもついて回ると言うことを再認識させられることになるのだが、有坂夫妻はその北満州に視察のため訪れていた。


 彼らの目的はとある油田にあった。


 比較的早期に発見していながら秘匿目的またアメリカ合衆国の意図的な妨害工作によって機材確保が遅れた為に開発が遅延していたとある油田であり、史実では59年に発見、63年に操業開始された支那大陸最大の油田とも言われ、大慶と名付けられた油田である。


 この世界では、そういった歴史を払拭するため、当初こそ仮称の一つに使用されたことがあるが、北満州油田、後にあかつき油田と命名されている。


 この暁油田は採掘権の六割を大日本帝国が有し、ロンドンにおける密約で大英帝国が三割、他の列強が一割を持っている。8:2で日英が分割する予定であったが、ウィンストン・チャーチルがお得意の二枚舌・三枚舌でいつの間にか7:3に値切られ、他の列強を口説くための根回しとして6:3:1という分割割合にされてしまった経緯がある。元々は遼河油田に対する分割割合だったのだが、いつの間にか満州において発見された油田全体への分割比へと話がすり替わったことで、この暁油田もまたその談合結果が適用されてしまったのである。


「とてもじゃないが、どんなタフな日本人でもチャーチル卿相手は分が悪い。同じ二枚舌なイギリス人を交渉役として連れて行ってもあのざまだ。あのビヤ樽は田中角栄(角さん)でも連れてこないと絶対に交渉で負ける。何度も口が災いして失脚しても蘇って首相職へ帰り咲いたのは伊達ではないと言うことだ」


 有坂総一郎は談合のために何度か会ったチャーチルをそのように評した。そのチャーチルとの談合と談合破り、根回しとその報酬が満州分割割合に反映されている。


「あそこでケチって席を立つことはいくらでも出来た。でも、それって史実の国際連盟脱退と同じで丸損抱えるだけでしかない。損して得取れと過去の商人たちは言ったものだが、まさにそれ、日本の外交官はそういう意識が足りないのか下手なのか、折角手に入れたものをフイにする。しかし、値切られすぎた気がする」


 後悔しても仕方がない。値切られたとはいえどもそれで満州全体を買えた上にお墨付きをもらえたのだから・・・・・・と思うしかない。実際は、遼河油田の割合を外交交渉で満州全体にされたのは外務省の失敗だと思うが、そこはそれ、お膳立てだけするのが精一杯である以上、あとはプロの仕事だ。プロがそこまでしか出来ないならそれが相場なのだろうと諦めるほかない。


 だが、それらの経緯もあってか、大英帝国からは”お釣り”と称して採掘技術や機材の提供があり、それによって開発遅延が相当に取り戻せたのである。


 それもあって開発が順調に進むと史実と同様に原油が湧き出てきたことで大日本帝国は世界でも屈指の産油国になったのだが、問題はまだあったのだ。


「産油国なんて肩書きよりもガソリンが欲しい・・・・・・重油ばっかり手に入ってもトラックも戦車も動かない」


 そう、この暁油田、最初からわかっていたが、ガソリン分をほとんど産出しないのである。帝国海軍にとっては小躍りしたい気分になるそれで、実際に満州から運ばれてきた重油によって各地の海軍用タンクが満たされると海軍省、軍令部、連合艦隊は皆揃って”ええじゃないか、ええじゃないか”と踊っていたという。


 しかし、霞ヶ関(海軍)が浮かれる反面、三宅坂(陸軍)はお通夜ムードである。


「また重油ばっかりなのか? それで軽油はどれくらいとれるんだ? あ? あぁ・・・・・・」


 報告に失望するばかりである。帝国陸軍にとって重油なんていくら湧いて出てきても使い道のない泥水でしかないのだ。いくらか軽油が採れるならまだしも、重油なんて処理しても処理してもそれほどガソリンや軽油は採取出来ない。逆に使いもしない灯油が生まれるばかりで、嘆くしかない。


 そこで陸軍省から開発最大手である有坂コンツェルンと出光興産に「なんとかしろ」と話が回ってきたのである。


 言われたところでなんとかなるものでもないが、それでも御国への御奉公を命じられている以上はなんとかするしかない。そういった事情で有坂夫妻は北満州くんだりまで出向いている次第である。まぁ、何も出来ることはないのだが。

クリエイター支援サイト Ci-en

有坂総一郎支援サイト作りました。

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ガソリン生産とオクタン価の話

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鉄牛と鉄獅子の遺伝子

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― 新着の感想 ―
[一言] そういえば、ジェットエンジンの論文がこの時期すでに出回っていたような?
[一言] 灯油が史実より多く入手できるなら、ジェットエンジンの早期開発が有効かな。 重油は素直に火力発電に回した方が良いかね。 それで電化を進めた方が良い。どう足搔いても蒸気機関車は電気機関車には勝…
[一言] 灯油発動機は現在の株式会社クボタが1930年ごろに作っていたようですね。 トバダ式発動機というものでニコニコ動画で実際に動いてるやつがみれますよ。 この会社戦前に工程集中管理システムやコン…
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