東條英機の絶望
皇紀2583年11月25日 帝都東京
有坂邸での密談には東条英機、有坂総一郎だけでなく、有坂結奈までが参加しさらに混迷の度を深めていた。
結奈の毒舌による海軍批判で座は大いに盛り上がり、東條が「いいぞ、もっとやれ!」と言い出したため彼女の毒舌はさらに切れ味を増していくのであった。
途中退席した結奈は酒を用意して戻ってきた。
「東條様、今宵は長くなると思い、お酒をご用意いたしましたわ、どうぞお召し上がりくださいな」
「あぁ、おぉ、これはすまない……おっとっと」
結奈の酌をされた東條はそのままぐっと飲み干す。
「主人の好みの味ですから東條様のお口に合いましたかしら」
「これは……美味い酒をいただいた……斯様な酒は未だ飲んだことがない……どこの銘柄か?」
東條が飲んだ日本酒はこの時代には本来存在しないものである。
いや、正確には萌芽したばかりのものと言えるだろうか……。後に純米大吟醸として日本酒の代表格となるものだ。
総一郎は転生したばかりの頃に飲んだ日本酒の味が21世紀にいた頃に飲んだものとは全く異なるもので自身の好みではなかったことから吟醸酒、大吟醸酒の製造を企み、この年、遂に満足出来る水準のものが出来、屋敷の蔵に貯蔵施設を態々造って保管していたのだ。
「どうです、東條さん、この酒は美味いでしょう!」
手酌で杯を重ねて酔いの回った総一郎は東條に向かって自画自賛した。
「有坂、貴様、もう酔ったのか!? この酒は……美味いがゆえに危険だのう」
東條は酒の味とそれの持つ危険性に自重しようと思っていたが、既に手遅れだった。
普段はあまり酒を口にしないが結奈がぐっと煽って言い放つ。
「そもそも、支那事変のグダグダが悪化したのは全て海軍、そう、米内光政が諸悪の根源と言ってもいいのですわ」
結奈もまた酔いのためか舌の回りが良くなっていた。
「あののん兵衛がお歯黒のぼんくらと結託して和平チャンネルを潰したことで泥沼化した支那事変から抜け出せなくなったのですから、皇道派もそうですけれど、海軍左派の三羽烏とかかたっているアホウドリどももまとめて始末すべきなんですわ」
「おっ、おい、有坂、貴様の細君……酔い過ぎだぞ、止めろ!」
東條はかなり焦って総一郎に制止するように促す……が……。
「よく言った、結奈! もっと言ってやれ!」
東條は頭を抱えた。
頼みの綱であるはずの有坂夫妻が揃って酔いに任せて管を巻いている……この状況に東條は自身のミスを呪った。
夕方に訪ねたのが失敗だった。いや、それだけならよかった。長居してしまったのが最大の失敗だったのだ。
結果、東條は有坂夫妻が酔い潰れて寄り添って寝るまで相手をせざるを得なかったのである。
たまにはこういう落ちの回があってもいいと思う。
酔いに任せて書いた。反省していない。




