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この身は露と消えても……とある転生者たちの戦争準備《ノスタルジー》  作者: 有坂総一郎
皇紀2597年(1937年)

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10年前のしっぺ返し

皇紀2597年(1937年)2月26日 満州総督府領 大連 ヤマトホテル


 甘粕正彦”満映理事長”に中支における”興行提案”をした東條英機関東軍総参謀長は有坂夫妻が宿泊しているヤマトホテルへ夕刻になってから赴いた。


 定時ギリギリまで総参謀長としての業務に没頭していた東條の顔色は疲れの色を更に増していた。関東軍総司令官である植田謙吉大将が前線視察のため熱河省へ赴いているため彼が代理業務を引き受けているからだ。無論、植田が東條に委任した上で前線視察に赴けるのは東條の事務処理能力を買っているが為だが、ジューコフ失脚で落ち着いた状況下で前線の要塞地帯などの現況把握をしておきたいと考え、それを東條も支持したことによる。


 東條は比較的最前線に必要に応じて赴き、それを基に植田に意見具申し、作戦案や要塞整備に反映させていたが、植田は東條ら幕僚に概ね任せていたが、自身も出向くことでより状況は的確に判断しようと考えたのだ。


 植田の視察もあと数日で終了し大連へ戻る予定であるが、それまでの間は東條が実質的な関東軍の主として大連から全軍を差配しないといけないのだから彼の肩に掛かる重圧は大きなものである。とは言っても、東條自身は肉体的な疲労は感じるにしても精神的な疲労感はほとんどなかった。


 フロントで取り次ぎを頼むと東條は有坂夫妻の宿泊する部屋へ案内される。ボーイが先導し部屋へ向かう途中、時折すれ違う宿泊客は東條だと気付くと会釈をし、それに東條も答礼していく。直接は知らないが関東大震災の被災者だったという某社の社長が東條だと気付いて謝辞を述べるということもあり東條もそれに息災ないかと気遣いするということがあった。まだ”二重橋の英雄”の二つ名はそれなりに有効に機能しているようだ。


 この某社長の謝辞は”二重橋の英雄”による被災民の救難、”憲兵隊の親分”として不穏分子を摘発した二つの実績は帝都臣民を東條の与党に組み込む役割を十分に果たしているのだと東條に確信を抱かせたが、やはり民心の安定こそ為政者として心を砕くべきものであり、彼自身の支持基盤になると感触を感じずにはいられない。


 このことは暗躍するアジア主義者のことで気分が晴れなかった東條の心を少し軽くした出来事だった。


 やつれた表情でありながら精気あふれる瞳の東條に有坂総一郎は面食らうが、そういえばそういう人だったなと思いだし部屋に招き入れる。


「ようこそ閣下、最近はご多忙であると伺っておりましたが、思ったよりお元気そうで何よりです」


「いくら忙しいとは言っても大命降下からの(あの)日々に比べればなんてことはない・・・・・・が、チャチな謀略を企む連中を相手にするのは岸信介(あいつ)に裏切られたあのときと同じで気分が良いものではない」


 東條からの返事に渋い表情をするほかない総一郎だが、それもそうだなと思い納得する。


「天津の情勢は芳しくないと伺いますけれど、閣下もそちらが頭痛の種なのでございますよね?」


 有坂結奈が本題を切り出す。早く用件を済ませ東條を休ませてやりたいという彼女の意図であるが、東條は意図を察する。


「今夜はしっかり時間を作っておるから腰を据えて話すつもりだから心配無用だ。貴様たちはアジア主義者がゲリラと通じておるという話は聞いておるかね?」


「存じません、その話は・・・・・・真ですか?」


 総一郎は初めて聞いた話だけに驚く。結奈も同じく首を横に振る。


「そうか、貴様たちの情報網で掴めているなら列強が見逃さないだろうな。里見甫(阿片王)からそういった話が伝えられたものだが、中原あたりで抗米/抗独ゲリラが最近出没していて、これにどうも青幇から武器が供給されているらしい。そしてその調練に日本人が関係しているという」


「ということは、天津に潜伏しているアジア主義者がこれと絡んでいるということですかね?」


「あぁ、貴様の言うとおりだが、少し補足が必要だな。どうやら上海や天津から荷揚げされた密輸武器を青幇を通して中原のゲリラにもたらされているという。密輸自体は支那商人が行っているらしいが全貌は掴めていない。おそらくは青幇のフロント企業だろう。だが、密輸ルートだけはネタが上がっている。大運河という水路を用いて輸送されている。元々青幇はこの大運河の水運業ギルドなのだが、その水運労働者を活用しているのだろう。そしてゲリラに渡ってからは大陸浪人が調練を担っているのだそうだ」


 東條の簡単な説明に疑問を感じた総一郎であったが、逆に結奈はピンときたがあえて黙っている様子だった。


「結奈君は察したようだが、アジア主義者は所詮は思想的な部分と資金確保などで動いている感じだ。よって、天津からほとんど動いてはいない。それは我々の密偵から報告されている」


「では、ラスト・エンペラー(あの御仁)は?」


「まさにそこなのだ。アジア主義者の旗印はラスト・エンペラー(あの御仁)、その思想的論理は興清滅洋、つまり義和団事変のそれと同じだ。そして、資金源も旧清皇室であり、アジア主義者は資金洗浄してそのカネを支那商人を通して密輸、買い付けた密輸武器のラベルを貼り替えて、大運河経由で小口輸送、最終的にゲリラに渡して大陸浪人がその尖兵としてゲリラを指導してそれによって列強権益を襲撃するというものだ・・・・・・それが阿片王からの伝えられた話だ」


 聞かされた内容に有坂夫妻は揃ってうんざりした表情を浮かべていた。総一郎は「正気かこいつら?」というそれ、結奈は「やっぱりそういうカラクリなのね」というそれだった。


「閣下、それが欧米列強にバレたりしたら・・・・・・」


「十中八九、国際問題になる。幸い、実行犯とも言うべき大陸浪人は日本国籍を捨てて帰化しているのだが、欧米にとってはそれも大日本帝国による謀略の一環だと糾弾するだろうな」


「そうなりますよね・・・・・・トホホ」


 天を仰ぐ総一郎だったが、結奈は違った反応だった。


「閣下も旦那様もお忘れではありませんの? そもそもこちらでの満州事変も大日本帝国・・・・・・というより・・・・・・お二人が参加した10年前の箱根での東方会議で何を決定し、その後、誰があれを実行なさったのか?」


 東條と総一郎は顔を見合わせる。まさか10年前の出来事をここで言われるとは思ってもいなかったのだ。


「二人が陸軍省、参謀本部を出し抜いてコミンテルンを嗾け、その結果引きずられるように満州事変に拡大していったあのこと忘れたとは言わせませんわ。それこそ大日本帝国の謀略をおいてほかにありますの? 国際問題にならなかったわけではないでしょう?」


 二人揃ってやぶ蛇だったという表情を示すが、それがまた結奈の機嫌を損ねるのだった。


「あの一件もそもそも私は何も知らされていない状態で始まった話でしたけれど? それがいざ我が身に降りかかって、二人ともそういう態度はないでしょう? どうして殿方はこうも後先考えないで突っ走るのかしら、ねぇ旦那様? どんな気分かしら?」


「いや、それとこれは・・・・・・」


「おい有坂、それは・・・・・・」


 東條は総一郎が地雷を踏んだことを察したが、間に合わなかった。


「一緒よ!」


 結奈の一喝は東條すらも圧倒した。

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