海軍としては大統領府の提案に反対である。
皇紀2597年2月21日 アメリカ合衆国
大統領府の無茶振りがアメリカ合衆国海軍を悩ますのは最早日常の出来事となっていた。
最初は海兵隊と大統領近辺の癒着から始まり、空母を海兵隊で運用するために奪われ、旧式装甲巡洋艦の改装と海兵隊での運用、対地打撃力の強化と旗艦設備の充実のために標準戦艦の供出・・・・・・ラスト・フロンティア信奉者の我が儘に振り回される日常が海軍首脳部を悩ますようになって久しい。
今度のそれは更に無茶を要求をしてきたのだ。
「沿岸戦闘能力を充実させるために航空母艦の建造を推進したい」
彼等が接した大統領府からの我が儘第一報はそれだった。
「空母だぁ? そんなもの建造するっても大統領御自慢の空飛ぶ列車砲があるだろう。空母艦載機の積載量と比較にならない爆弾搭載量があるのだから、そんなもの造ってどうする?」
海軍首脳の反応はそんなものだった。軍縮条約が無効化して各国が新戦艦の建造に踏み切っている中で、彼等海軍には余計なモノを造る予算も意思もどこにもなく、海兵隊が海軍航空を牛耳るようになって目の敵にしている代物でしかなく、そんなものには興味も関心もなかったのだ。
「我々の予算で海兵隊に玩具を与えるなど出来ん、うちは協力などせん。欲しければ海兵隊の予算枠でなんとかしろ。ホレ、陸軍が”撃沈”したレンジャー規模ならあいつらの予算でも節約すれば建造出来るだろう?」
海軍首脳の冷淡な態度は大統領府に強烈な不満を抱かせたが、海軍の軍政と軍令に介入して海兵隊を独立状態にした手前もあり、一旦は海軍側の主張を受け入れて新型戦艦の建造の話を今度は持ち出したのである。
「海軍側が要望している35,000t級の新標準戦艦の建造枠を起工済みの4隻から6隻に増やすから代わりに11,000t級軽巡洋艦の建造枠を6隻譲って欲しい」
大統領府の謎の取引提案に海軍上層部は困惑することになった。というのも、海軍側が36年中に予算交渉して手に入れ起工した4隻だが、2隻の建造予定を陸軍と海兵隊に予算を奪われて諦めた経緯があったからだ。
その建造取りやめした2隻分の予算が復活するのは海軍側にとって喜ばしいことであったが、その代わりに軽巡6隻の建造枠を譲れというのが不可解だった。海軍上層部は”建造枠”とは”予算”の聞き間違いや伝達ミスではないのかと大統領府に問い合わせることにした。”建造枠”と”予算”では意味が異なるからだが、それ以上に何故軽巡なのかが理解に苦しんだからである。
「”建造枠”で間違いない。我々が必要としているのは、軽巡そのものではなく、その船体である。軽巡の船体を活用して格納庫と飛行甲板を設置して空母を建造したいのである」
大統領府からの回答に海軍上層部は更に困惑した。なぜなら、海軍艦政当局が巡洋艦サイズの空母の建造は各方面で無理が祟るとこれまでの研究の結果で判断していたからだ。実際、海軍艦政当局は基準排水量13,800tで当初設計されたレンジャーが仮に建造されていた場合、復元性や速力の不足が顕著であっただろうと結論づけていた。
幾度か正規空母の建造プランが海軍艦政当局から提案があったが、それらは何れも30,000t以上の大型艦としての提案であり、その場合、33-35ktの高速力を発揮する艦隊空母という概念であった。しかし、レキシントン級空母が海兵隊に事実上接収されてしまったことでアメリカ海軍が艦隊空母の運用をする可能性が霧散してしまいお蔵入りしてしまったのである。
こういった経緯から海軍上層部の軽巡船体を利用した空母という構想に疑問符がついたのだ。
「我々海軍としては大統領府の提案に反対である。新標準戦艦の建造枠を増やしてくれることは嬉しいが、艦政当局がその性能を疑問視する小型空母の建造には賛同しかねる」
海軍側の回答は「悪いことは言わんからやめておけ」という相手を思いやったものだったが、大統領府の受け取り方は異なった。
「海軍が協力しないなら民間に設計を依頼して建造を進めるから軽巡の建造枠だけ寄越せ、海軍の返答など要らん」
新標準戦艦の建造枠という餌をチラつかせたにもかかわらず冷たく遇われたと勝手に思い込んだ大統領府は自分たちで独自の艦政方針を立てて海兵隊へ配備するために行動を開始するのだが、これには海軍側は呆然とするほかなかった。
大統領府が協力を求めたのはニューヨーク造船だった。海軍から割り当てを受けていた同社の建造枠をそのまま軽巡改装空母に宛がったのだが、それと同時に設計も依頼したのである。
受注したニューヨーク造船ではあったが、明確な使用やノウハウがあるわけでもないのに半ば強制的に請け負わされて頭を抱えることとなったが、大統領府からの直轄事業でもあり、今後の国家との取引を考えると悪い話ではないことから前向きに取り組む姿勢を示したのだ。
しかし、そうとは言ってもノウハウがあるわけでもなく、同社の社員を上海に派遣し、ハルゼー艦隊に同乗させ研究することとなったのだ。そして、そこでの聞き取り調査でどういった仕様が空母として望ましいのかがある程度把握出来た。
だが、彼等が理想的な仕様と考えたそれは自分たちが請け負った仕事ではとてもではないが実現の可能性は低いモノであることに絶望するほかなかった。
「海軍が拒否したのもわかる。こんな船体では満足な性能の代物を仕上げるのは無理だ」
現実を見たニューヨーク造船の幹部たちは大統領府に実現性が相当に薄いと報告を出したがそれに対して返ってきた答えに更に頭を悩ますことになる。
「なんでもジャパン・アミーは特殊な輸送船を有しているらしい。これがそれをスパイが撮影したものだが、どうもこれには格納庫から直接ランチを泛水させることが出来るそうだ。どうだろう、これに似た機能を追加出来ないか?」
人の話を聞かない連中だとニューヨーク造船の幹部たちはこの時思ったが、言っても仕方がないと諦めた。まともな空母にもならないと報告しているのにそれどころか明後日の寝言を言い出したのだから・・・・・・。
不鮮明な望遠写真数枚からその機構を把握するために悪戦苦闘することになったニューヨーク造船の造船技師たちは更に不幸だったと言える。折角弾き出した少しでもまともな空母にしようとした設計案は没にされ、その上で余分な機能を追加させられたのだから。
そこで彼等は話が通じない相手には自分たちのプランをゴリ押しするしかないと割り切ることにした。彼等が割り切って構想したのが以下のものである。
・艦載機は全て甲板露天繋止にして20機搭載、カタパルト発進で飛行甲板を最低限にする
・艦載機発艦後、半数は地上へ着陸させることとする
・後部格納庫は上陸用舟艇を最大30隻繋止させることとする。
・前部格納庫は航空機整備場及び舟艇用内燃機関整備場とする。
・艦載砲は155mm加農砲を後部上甲板に背負い式で2門、105mm榴弾砲を舷側スポンソンに左右2門ずつの4門装備とする。
・艦橋は右舷前寄りに、煙突を右舷中央にそれぞれ配置する。
設計している側も出鱈目だと思っているが、大統領府が要求していることを実現しようとするとこうなってしまった。
「なんでこうなった?」
そう思ったが、首を振って思わなかったことにして、そっと大統領府への報告に混ぜ込んで建造を始めることとしたのである。設計も纏まっていないのに竣工時期の指定が既にされていて再検討する時間的余裕はない。
我が儘と反発と妥協の産物がどうなるのか・・・・・・その結果は誰にもわからない。ただ、既に賽は投げられていた。それだけが確かなことである。
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