ドイツ政治情勢<3>
皇紀2597年1月23日 ドイツ情勢
アドルフ・ヒトラー帝国宰相とヘルマン・ゲーリング帝国議会議長は明確な亀裂が入ったとまでは行かずとも隙間風が吹き、何れ政治闘争に突入するのではないかと囁かれるようになったが、国政という面では至って協力的関係を維持したままであった。
「時期が来たならば余を虚仮にしてくれたゲーリングを血祭りに上げてやる」
「ヒトラー個人には心酔しているが、何でも認めるわけにはいかない。引き締めるべき所を引き締めなければドイツを再び滅ぼすことになる。彼が道を誤ったら正してやるのが私のやるべきことだ」
それぞれの思いは交差しない。いや、一つだけ一致する点があった。それはドイツの再興だ。そのためならば手を握ることにヒトラーはためらいはなかった。だからこそ、罷免出来る状況となった今でも罷免せずにいる。
35年1月にヴィルヘルム皇太子が帝国摂政として実質的に帝位に就いたことで、周辺国は何れ君主国家へ復帰するだろうと考え、同じく帝政復古したオーストリア=ハンガリー帝国はチェコスロヴァキア、ルーマニア、ポーランドとの関係上ドイツとの関係強化を望んでいた。
しかし、ヒトラー政権はヒトラー自身がハプスブルク家を嫌っていることから回答を曖昧にし続けていた。これにはヴィルヘルム皇太子が難色を示し、外交関係の改善を要望し、また政財界も同様に外交関係強化を訴えている。
各方面からの圧力に屈したヒトラーはイタリア王国を含んだ形での軍事的協力関係が結べるのであれば前向きに検討すると回答することで結論を先延ばしにしたのである。この提案は各方面を十分に満足させる効果を生み、外交関係の改善に寄与すると受け止められた。
実際、ヒトラー自身もドイツ単独でポーランド及びチェコスロヴァキアを相手にする不利を知っているため、仮想敵国である両国の視線が幾分かオーストリア=ハンガリー帝国に向いてくれれば良いと思っていた。だが、あくまで回答先延ばしと仮想敵国の視線を逸らす効果だけあれば良いと割り切っていたのである。
また、ヒトラーにとって支那山東省の権益からの利益を元に本国のインフラ整備などを進め、いざ戦時になった際にハインツ・グデーリアンの立案する電撃戦ドクトリンによって電撃侵攻、急速展開を可能とするべく国力の増強が必要だったのだ。その時間を稼ぐためにもポーランドとチェコスロヴァキアの視線がこちらに向かないように仕向ける必要があった。
尤もだからと言って不必要な国境における衝突など起きて貰っては困るため、明確に軍事同盟を結ぶわけにはいかなかったのである。
苦しい台所事情を他国に晒すわけにもいかないため、ヒトラーはゲーリングを敢えて放置して国軍の戦力が充実した段階で処断しようと考えていたのだ。
そして、37年に入ると装甲兵総監指揮下の第1SS装甲師団が完全充足となり、陸軍では未だに論争が続いている新型戦車を配備し、またハーフラックに搭乗した装甲擲弾兵によって完全機械化された諸兵科連合師団が登場したのであった。
だが、こうなるとヒトラー直轄の私兵集団が強化された格好になり、ゲーリングの掣肘も影響力が低下することが否めず、ヒトラーには内緒で空軍装甲師団を開隊することを画策したのである。第1降下装甲師団が同じ思想で秘密裏に設立され、ウラル爆撃機の整備予算を流用する形で装備が整えられることとなった。これを支援したのは、無論、クルップ社である。第1降下装甲師団は子飼いのアルベルト・ケッセルリンクが直接指揮を行うことになったのである。
こうなると陸軍の面子が丸つぶれとなる格好であった。だが、参謀総長ルートヴィヒ・ベックが参謀次長エーリッヒ・フォン・マンシュタインの助言を受ける形で、保守派と革新派双方が満足出来る形ので砲兵の自走化を示したことで支援戦車と突撃砲による火力優勢ドクトリンで敵前線を圧迫しようという結論に至った。
だが、突撃砲に75mm短砲身を搭載する場合、この支援戦車の存在が中途半端であったことから75mm短砲身から長砲身への換装が提案されることになる。ただし、適当な砲がないことから大英帝国で開発されたばかりのQF2ポンド砲が候補に挙がったことから、ラインメタル社を通してライセンス生産を打診することになった。また同時に支援戦車はそのままで、突撃砲に105mm軽榴弾砲を装備すべきではないかという意見が出て来たのである。
こういった事情から武装親衛隊、空軍、陸軍それぞれが独自の戦車開発を始めてしまい、それぞれの要求によって機甲戦力の拡充と予算獲得争いが勃発することになり、参謀本部はこういった状況に頭痛がする思いであった。
「グデーリアンの奴は要らんことを宰相閣下に吹き込んでくれたものだ。だが、奴が陸軍の統制下から離れたことでむしろ陸軍にとっては、はみ出し者を放逐出来たことで統帥しやすくなったと言えるだろう」
ベックは参謀本部において呟くが、マンシュタインは渋い表情をして苦言を呈した。
「閣下、お言葉ですが、予算編成上横槍が入りかねない懸念があります。この機会に動員計画を練り直すべきでありましょう。財務省や兵器メーカーを取り込んでおくのも必要なことであろうかと・・・・・・場合によってはゲーリングと手を結ぶことも視野に入れておくべきかと」
「ゲーリング? あの男と手を結ぶなど考えられん。現に奴の動きは陸軍の縄張りを荒らしているではないか」
ベックは不愉快そうに言う。
「いえ、そこは第1降下装甲師団の戦時統制権を陸軍に委ねるなら、戦車を融通しても良いと・・・・・・どのみちクルップ社などから調達するにしても宰相閣下の横槍が入るでしょうから、表向き陸軍が調達したとして横流しするならば、奴の目論見を達しつつ我々の戦力とすることが出来ましょう」
「なるほどな。奴は渋るだろうが、それならば五分と五分で手打つに出来そうだな。であれば、クルップ社で秘密会合出来る様に調整したまえ」
それぞれの思惑の元にドイツの戦車開発はその未来が託されることとなったのは何の因果であると言えようか。
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