ハルゼーのトラウマ
皇紀2597年1月7日 アメリカ合衆国 海軍省
アラスカ級戦闘巡洋艦の建造によってアメリカ合衆国海軍は超巡洋艦規格の建造枠を全て使い切ってしまった格好になったが、1936年に入ると軍縮条約が自然失効したことで不足する巡洋艦戦力の拡充を狙い、まずは列強各国の反発を受けにくい軽巡洋艦の拡充に乗り出した。
計画されつつも起工が後回しにされた格好になっているブルックリン級を当初予定の7隻から5隻追加する形で12隻が36年春から相次いで建造が開始された。
33年に起工された最上型重巡洋艦の起工前の公表モデルを参考に合衆国海軍の要求を盛り込んだ仕様で設計されたそれは史実とほぼ同じ仕様のものであったが、速力を35ktに引き上げるべく14万馬力に機関が強化されている。これは起工が延期されたことで新技術を投入した機関の開発が行われたことでそれを搭載するように設計が修正されたことによるものであった。尤も1.4ktの速力向上があったとしても大きな性能差があるわけではない。
この機関変更によって9,700tであった基準排水量は10,000tに増えたが、条約の縛りを受けない今では特に問題視されなかった。また、備砲は6インチ3連装5基同様であり、軽巡洋艦としては破格の重装甲を施している。結果的に条約型重巡洋艦であるペンサコーラ級やノーザンプトン級よりもバランスの良い艦に仕上がっていることから軽巡洋艦の雛形としてその仕様が確立されたのである。
しかし、36年夏以後に支那大陸への介入が始まったことから艦隊型軽巡洋艦の需要だけでなく、海兵遠征艦隊向けに防空巡洋艦の需要が発生したことからアトランタ級防空巡洋艦が設計されることとなった。これに合衆国海軍は必要を認めつつも艦隊型軽巡洋艦の整備遅延に影響するとして抵抗を示したのであった。
これには支那方面に展開する第1任務部隊司令官ウィリアム・ハルゼー・ジュニア少将が大いに噛み付き合衆国海軍上層部を大いに悩ますことになる。
「我が艦隊にはロートルばかり押しつけられ、有力な打撃戦力は航空機だけで、その航空機すら日本海軍機と見比べると見劣りするお粗末さだ。そんな中で防空戦力として、地上打撃力としても期待出来る5インチ両用砲を搭載したアトランタ級すら回してもらえないのは如何なる了見であるというのか?」
無論、合衆国海軍上層部の本音は海兵隊とつるんでいるハルゼーの戯言などに付き合っていられなかったが、海兵隊上層部が合衆国陸軍をも抱き込んだ政治工作を行ったことで合衆国海軍の立場が悪化していたことで聞く耳を持たざるを得ない状況に追い込まれていたのである。
「そうは言うが、支那の蛮族や中華ソヴィエトには航空機運用能力がなく脅威にはならんだろう?」
「あんたは何もわかってない! 赤い星をつけた奴は問答無用で叩き落としているが、白い太陽をつけた奴が最近は爆弾抱えて突っ込んできているんだ! 知っているか、其奴は我が合衆国が供与した機体で、ソヴィエト《レッドロシア》の複葉機などではない」
まさかという表情を浮かべる提督たちにハルゼーは苛立ちをぶつけたくなるが、これ以上は折角のチャンスを握りつぶされるだけと理解している為か自重しているが、彼のこめかみはヒクつき居並ぶ提督たちが一言でも不用意な発言をすればプッツンしそうであった。
海兵隊司令部経由で第1任務部隊の置かれた状況は大統領府に報告が為されてはいるが、大統領府はその情報を握り潰しているのだ。そして、その代償にアトランタ級建造を政治的に後押ししていたのである。また、その重要な情報を海兵隊は合衆国海軍には一切伝えていないのだからタチが悪いと言えよう。
寝耳に水の情報に接した提督たちではあったが、流石にハルゼーの怒りを嘘と言えず、また自分たちの艦艇に傷をつけられかねない事態に彼等も重い腰を上げざるを得なかった。まして、その航空攻撃をしているのが合衆国が支援しているはずの中華民国南京政府の所属だなどと聞かされては尚更だった。
「今、俺の艦隊に近づく航空機はホワイトスター以外は問答無用で叩き落とすように厳命しているが、戦闘機が十分に居るときなら兎も角、対空砲火だけでは追い払うのも一苦労だ。更に言えば、どうも空母では戦闘指揮に適切ではないのがわかってきた。旗艦はやはり戦艦かそうでなければ巡洋艦が適当だ。その巡洋艦も適当なのが俺の艦隊には存在しない・・・・・・これでは早晩取り返しのつかない状態になりかねん」
ハルゼーはある日のことを思い出しながら訴えていた。36年も年末に近づいたある日、いつものように地上支援を行い帰還してきた航空隊を収容しているときにその出来事は起こった。
帰還してくる編隊とは別の方角からフラフラと飛んで来た未確認飛行物体に対空砲火を浴びせかけていたが、有効な統制射撃が出来ているとは言えない状態であった第1任務部隊には防空網に穴が結構開いていたことからその隙を突かれて航空母艦サラトガ上空に侵入を許してしまったのである。
これに慌てたのはサラトガ艦橋で司令官として、また艦長として指揮に当たっていたハルゼーだけでなく、彼の参謀たちもまた恐慌状態に陥っていた。爆撃コースに乗った未確認飛行物体を撃墜すべく対空砲火は激しさを増していたが全くその効果なく遂に未確認飛行物体から爆弾が投下されたのだ。
命中を悟ったハルゼーは耐ショック姿勢をとることを命じる放送を流すと自身も羅針盤にしがみつきその瞬間を待った。だが、その直後、右舷スレスレの海上にその爆弾が落下し、水中で爆発したことでその被害は殆どなかった。右舷からの浸水が一部であったが、その程度で済んだのである。この時、ほんの一瞬の違い、もしくは数メートルの違いがサラトガの爆沈に繋がっていた可能性を考えるとハルゼーは生きた心地がしなかった。
結果としては爆沈を免れたが、その時のサラトガ及びレキシントンの甲板上には帰還したばかりの航空機が収容を待っていた。また、再出撃に備えて燃料の補給なども始まっていたことからその甲板にたった一発であっても爆弾が命中すればどうなるか火を見るより明らかだろう。
「特に俺の艦隊は脆弱な空母を主戦力としている。これにたった一発であっても爆弾が命中すればその時点でジ・エンドだ。それくらいはここにいるお偉方なら誰でもわかることだと思うがどうだろうか?」
ハルゼーは居並ぶ提督たちを見渡しつつ念押しをするように言う。
「それがわかるなら、アトランタ級の4隻程度は認めても良いんじゃないか? 俺はダース単位で要求しているわけじゃないんだ」
結局、この要求が通ったことで第1任務部隊は期間限定であるが、要求通りに戦艦ニューメキシコとオマハ級軽巡洋艦を2隻手配することに成功したのであった。ただし、アトランタ級と引き換えで編制替えするという条件付きだった。
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