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この身は露と消えても……とある転生者たちの戦争準備《ノスタルジー》  作者: 有坂総一郎
皇紀2596年(1936年)

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三方一両損

皇紀2596年(1936年)12月21日 岐阜県 各務原


 陸軍飛行場に併設されている川崎航空機の航空機製造工場では月産45機を上限に各種航空機の製造が行われているが、現在は帝国陸軍向けではなくイタリア王国空軍向けにキ28改が量産され、その生産能力の多くを占めている。


 このキ28改の輸出が急遽決まった背景にはイタリア王国のエチオピア(アビシニア)侵攻による影響が大きい。


 ソ連義勇軍がSB高速爆撃機を投入してきたことでイタリア遠征軍の航空優勢に支障が出始め、SB高速爆撃機を掃討するためにも対抗可能な高速戦闘機が必要とされていたのである。だが、本国で開発されている戦闘機は何れも満足な高速性能を担保出来ず、ドイツ、大英帝国もイタリア軍が望む性能を有する戦闘機を有していたが輸出出来るほどの余地を持ち合わせていなかった。


 いや、確かにメッサーシュミット社のBf109は輸出が可能ではあった。史実と異なり、BF109の初期モデルはトラブルの解消を求められたことで制式化が見送られていたのである。その結果、初期モデルと拡大試作機はメッサーシュミット社の工場とドイツ空軍の飛行場で遊休状態になっていたのだ。しかし、SB高速爆撃機の衝撃はイタリア駐在武官を通してドイツ側にももたらされており、東部国境にこのBf109を配備する必要性が生まれていたのである。


 特にこの時メッサーシュミット社がドイツ航空省へ売り込みをかけていたBf109DはそれまでのA-C型と違い速度性能が向上すると共に武装面の強化が行われ、機首と翼内にMG17機銃(口径7.92mm)を合計4門装備していた。その速度性能は520km/hに達していたこともあり、対ソ正面となるポーランドとの国境に急遽配備が望まれ、制式採用前であるが100機単位での発注が行われたのである。これほどの大規模発注に応えるには他国からの注文を保留せざるを得なかったのだ。


 一番有望であったメッサーシュミット社から注文に応じることが出来ないと回答を得たイタリア外務省、特に外務大臣を務めているガレアッツォ・チャーノは自身の義父であるベニト・ムッソリーニ(ドゥーチェ)にその返答を伝えるのに躊躇を感じざるを得なかった。


「折角取り立ててもらえてこの若さで外務大臣を任されたというのにその成果を出せないとなればドゥーチェに顔向け出来ない」


 史実と同じく36年に33歳の若さで外務大臣へ抜擢されたチャーノは義父の期待に応えるべく精力的に外交交渉を重ね、特に英独仏がエチオピアを突き放すという外交成果を引き出したことで王宮の覚えもめでたい状態であっただけにここで躓くわけにはいかなかった。


「こうなればBf109によく似た性能だともっぱらの評判であった日本の川崎キ28改でお茶を濁すほかない」


 チャーノがそう考えていたのは彼自身が外務大臣という地位を与えられていても、それは義父であるムッソリーニ(ドゥーチェ)の代理人であり、彼の意を伝えるためのメッセンジャーであると理解していたからだ。


 つまり、チャーノが実績を出せないことはムッソリーニ(ドゥーチェ)が外交成果を得ることが出来なかったこととイコールなのである。それ故にBf109と似通った性能を持つキ28改を入手することで必要な戦力を手にすると同時に対日関係の強化という外交成果を示すという結果を狙ったのだ。


 しかし、それは逆に対ソ関係でドイツとの関係は強化すべきものだが、それを袖にされたと言うことを示す格好になる。そのため、代わりの成果を示す必要があったのだが、これに頭を悩ましていたのである。


「なんとか、ドイツ側との関係強化、協調関係を示す成果を引き出さなくては・・・・・・」


 チャーノの考えは代理人という立場を明らかに逸脱しているのだが、それでも、自身の立場と享楽的な生活を維持するためには実績が必要だったのである。


 しかし、彼は幸運な点があった。


 キ28改の弱点は何か?


 それを彼子飼いの諜報員に調べさせていたのである。そのレポートには日本向けに開発された発動機であるDBA601Aはライセンス先である川崎航空機においても未だに持て余し気味であると言うことだった。


 BMW製液冷発動機のライセンス生産経験がある川崎航空機ではあったが、ダイムラー・ベンツ・アリサカ製のそれは手に余っていたのだ。十分に整備されたDBA601Aは好調な性能を発揮するが、それは工場出荷時や熟練の整備員が手間暇掛けて整備を行った場合に限られていたのだ。


 そのため、帝国陸軍も扱いづらいことから性能面の優秀さを認めつつも制式化を見送ったのはそういった事情があったのである。しかし、それだけに性能向上や信頼性向上を川崎航空機に求め、改修や試験飛行が続けられているのである。


 だが、この事情はチャーノも在日本駐在武官を通して得ていたことからそこに目をつけたのである。


 思考が結論に至るとチャーノは電話を手に取ると交換手に秘書官へ繋ぐように命じた。


「私だ。至急、ダイムラー・ベンツ・アリサカ社との会合を調整したまえ。あぁ、他の会合はキャンセルして構わない最優先だ。また、彼等の発動機の供給可能数を調査して資料を用意しておくれたまえ・・・・・・なんのためかだと・・・・・・はぁ、言わないとわからんのか、まぁ、よい、君は言われた通りにしたまえ・・・・・・あぁ、用意が出来たら執務室へ運ばせたまえ」


 チャーノは察しの悪い部下の更迭を心に決め電話を切るが、すぐに交換手を呼び出すと今度は外務官僚へ日本大使館との会合の調整を命じた。


「出来れば明日、大使と駐在陸軍武官、川崎航空機の担当者を呼んで会合を持ちたいと要請を出してくれたまえ、明日がダメなら出来るだけ早めにと伝えるのだ。あぁ、大口の取引を提案したいと言ってくれて構わない」


 動き始めるとチャーノの仕事は早い。元々、代理人としてムッソリーニ(ドゥーチェ)の意思を伝え、その要求を通すために動くのがチャーノの仕事である。やるべきことが明確であればあるほど彼は仕事は手際の良さを増していく。


 元々彼は私財を蓄積するために汚職に手を染めることも熱心である。それだけに一度手に入れた地位や権力、そして権益を守るためには誰よりも忠実に職務を全うするのである。彼が突っ走ることでムッソリーニ(ドゥーチェ)は称賛を得て、地位と権力が盤石となり、そしてそれが故にイタリア王国が繁栄するという方程式がそこにはあった。


 彼が直向きに職務を全うした結果、川崎航空機はキ28改の大量受注し、そして大日本帝国との外交関係は今まで以上に緊密になるという結果を生み出した。そして、それは同時にドイツとの外交関係にも影響を与えることとなる。


「DBA601を直接ドイツ国内から供給して貰いたい。ドイツ側が戦闘機の融通を出来ない事情はよく理解している。だが、日本向けに開発された発動機を輸出して頂きたい。そしてこちらの態勢が整い次第、ライセンス生産を行いたいと思う。そうなれば御社はドイツ空軍向けのDB601の生産に余裕が出来るのではないか?」


 キ28改のアキレス腱となるDBA601をドイツ本国から供給することで性能の一定化、均質化を図ることで稼働率という問題をクリアしつつ同時にドイツとの関係を強化、そしてDBA601系統のライセンス生産を行うことで発動機生産の強化するという未来への布石を打ったのである。そしてドイツ側が主要発動機として考えているDB601の生産余力の確保という恩を売ったのだ。


 こうした流れがあったことで川崎航空機はイタリア王国からの受注分を賄うためフル操業を行っていたのである。翌37年3月までの間に合計で180機の生産と納品が求められていた。ただし、予備のDBA601Aは不要とされたのが川崎航空機にとっては不満が残る結果ではあった。


 このチャーノの打った手は一種の三方一両損的な外交成果を示すことに成功したことになる。しかし、これは日独伊という対ソ封じ込め包囲網の事実上の結成という成果であったとも言える。

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[気になる点]  イタリア戦闘機は設計がいいので大丈夫でしょうが、爆撃機がアレなのが問題ですね。アフリカや地中海で使えない木製機とか急降下できない急降下爆撃機はちょっと予算削られた陸軍に顔向けできない…
[気になる点] これ、パスタ戦闘機がいきなりMC02になるん? 1940年頃にMC205が登場しないか?この流れ。
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