未来への選択
皇紀2596年12月1日 帝都東京
有坂夫妻がいつもの馬鹿なやり取りをし、東條英機と石原莞爾が三宅坂で激しい舌戦を繰り広げていた同じ日、名古屋の三菱、太田の中島、それぞれの航空機開発現場ではキ21とキ19の開発が大詰めを迎えていた。
しかし、東條が中島知久平を通してSB高速爆撃機の情報を伝え、鹵獲したソ連製戦闘機やアメリカ製戦闘機の細目も同様に提供されたことから陸軍航空本部から示された数値とは別に更なる性能向上を目指してキ19改の設計も中島飛行機では並行して行われていた。
「陸軍のゴリ押しには毎度困ったものだと思うが、今度ばかりはそうも言ってはいられない」
中島はそう言いながらも東條の要望に応えるべく設計チームの補強を命じ、自社発動機の中でも現在開発中であり、ほどなく陸軍の審査が通過する見込みのハ34-1を搭載した仕様で防弾装備を充実させたキ19改を本命として三菱のキ21にぶつけようと考えていた。
「大型機の設計については三菱の方に一日の長がある。だが、我が社も双発機の量産については負けてはいない。故にここらで技術的にも負けていないと示す必要がある。諸君には今少し無理を承知で開発に邁進してもらいたい」
親分肌の中島の訓示に中島の社員たちの士気は高まって開発チームは一丸になって無理難題に挑戦していく。そこには帝大などを出身した若手の技術者たちに自信をつけさせること、同時に優秀な人材を集めたことに対する結果が求められていた。
中島自身は何度も創業以来の挫折があっただけに自身が関与出来ない技術面についてはノータッチであるが、しかし、だからこそ優秀な人材を高額報酬によって確保し、また高額な設備を進んで採り入れることで自分の代わりに社員たちが克服してくれることを望み期待していた。
そんな中島の方針に異を唱える者もいたが、それでも強力なリーダーシップを発揮して環境を整える中島には従っている。あの親分がそう言うのだから何とかしようという空気があったと言えるだろう。
「時代はより高速性能を求めることになる。だが、単発機が双発高速重爆を凌駕する速度を示すのも時間の問題だ。東條閣下はそうおっしゃっていた。他の将官が言うなら兎も角、閣下はあの関東大震災において慧眼を発揮した方で、各帝大の教授陣にも一目置かれる科学技術を重視されている。その東條閣下が力強く語っている以上は軽視することは出来ない。そして、それは私よりも君たち自身が良く理解しているだろう」
中島は演台横に設置されたハ34を指し示す。
「このNALの改良型はとても良いものだ。ブリストルの技術を余すところなく吸収出来たことで出力だけでなく信頼性も上がっている。今後の改修次第で1500馬力まで向上可能であるという話を先日聞いている。これらが順調に進めば数年後には2000馬力をも超える高出力発動機を我々は投入可能になるだろう。さすれば時速600kmの壁を越えるのも時間の問題である」
「大社長、それでは高速力を発揮した敵重戦闘機が一撃離脱を掛ければキ19、キ19改の様な機体では対空砲火の効果むなしく撃墜されることになりませんか」
「良い質問だ。君の言う通り、敵が高速力を活かした一撃離脱を繰り返した場合、対空火器が役に立つ機会は少ないのではないかと思う。いっそ、その対空火器を一切撤去してその分操縦席や燃料タンクに防弾装備を追加した方が生存性を上げることになるのではないかとも考えられる」
「そうなると重量増加が著しくなり速度低下が免れません」
「であるからこその新型発動機の投入による速度向上とペイロードの確保は重要であると言えるだろう。実は参謀本部の石原大佐からも爆装の強化が出来ぬかと内々に話を持って来られているが、諸君らも知っての通り、キ19にはその様な余地がない。流石に断ったが、大佐はキ19に、いや双発重爆の限界を示すことで四発重爆開発を目指している様であった」
「四発重爆となると難物です。我々は双発機の経験は積んでおりますが、三菱と違って経験不足は否めない。有坂重工業がダグラス社と折衝をして四発機の情報取得を目指しているとは聞いておりますが、それも合衆国政府が渋っておることで一部技術移転のみが精一杯だと……」
講堂に集う技術者たちは皆一様に頷き難しい表情を浮かべる。それは三菱が九二式重爆を製造することに苦労したことをしっているからでもあったが、未知への挑戦に躊躇はしないが、不安があることから新進気鋭を是とする中島飛行機の精鋭たちですら尻込みしていた。
「諸君の言いたいことはわかるが、三菱と我々はライバル同士である。彼らが成し得たことを我々が出来ない道理はない。現在、三菱がユンカース社と交渉を持っているという。そこで我々も同じ様にフォッケウルフ社と交渉を持ち、彼らのFw200をライセンス生産しようと考えておる。早ければ来夏には進空するというが、これに合わせて年末に訪独技術交流を是非行いたいと思う」
中島の発表に驚きを隠さない社員たちだが、航空機開発を担う技師たちは予見していた話であったのだろうか、比較的冷静に受け止めている。しかし、彼らはキ19とキ19改の開発に忙殺されていることもあり渋い表情をしている。折角のチャンスであるが、目の前の仕事を片付けないことには洋行等おいそれと行くことは出来ないというのが彼らの本音だったようだ。
「無論、諸君の心配はよく承知している。だが、これもまた我が社の発展のため、そして御国への御奉公でもある。追ってまた話を詰める機会を作りたいと思う。特に若手にはこの機会を活かしてもらいたいと考えているということを伝えたい」
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