大概は男の浪漫と若気の至りで説明がつくんだよ
皇紀2596年12月1日 帝都東京
「大角さんもエラい宿題を帝国議会に与えたもんだ」
議会における大角演説の速記記録の文書化したそれを有坂総一郎は中島知久平経由で入手し、それに目を通してから呆れ半分感心半分といった感想を口にする。
「あら、そうかしら?」
有坂結奈は総一郎と違った反応を示す。
「どういうことだい?」
「ここ最近の海軍さんの予算要求では海上護衛用の艦艇を調達するなんて無理だもの、補正予算でも計上しないと帳尻が合わなくなるわ。いえ、帳尻は合わせようと思えば出来ないことはないけれど・・・・・・」
「出来ないことはないが、たまに撃つ弾がないのが玉に瑕ってやつかい?」
「そうよ。尤も弾ではなく魚雷の方だけれど、海軍さん、特に水雷屋さんがそれを許容するかしら?」
二人の会話には前世もとい現代の自衛隊、防衛省の実態と悲哀がちりばめられている。正面装備こそ世界第二位の海軍力、有数の陸軍力、空軍力を有しているが、その実態は正面装備に引き摺られた予算によって肝心要の弾薬や自衛官の待遇が極度に悪化していることを回想するが故であった。
「九三式魚雷が四万円くらいだったか。史実よりも工業力が向上したことで若干は値段が安くなっているとは言えども、それでもぶっちぎりで高い買い物なんだよなぁ」
「ええ、それを我慢出来るのかしらね?」
「無理だな」
「無理よね。そんなことになったら南雲さん辺りが水雷戦隊に立てこもりでも起こしそうよ?」
「あの人ならやりかねんなぁ」
南雲忠一提督が史実において海軍省、軍令部、実戦艦隊と筋を通すために断固として意見や意思を通した点から、南雲と志を同じくする大砲屋や水雷屋の突き上げでカネの掛かる魚雷の充足、そして駆逐艦群の配備に大きく影響を与える可能性が想像された。
実際、この時、海軍省内部では連合艦隊司令部から必要な弾薬燃料確保の為に予算の確保は譲れないという要求がなされていた。また、太平洋に配備される可能性の高いアラスカ級戦闘巡洋艦への対応を考えると水雷戦隊による一斉雷撃で仕留めるのが適当と軍令部においても研究論文が発表されており、水雷戦力充実は喫緊の課題となっていたのである。
「特に海軍は特型駆逐艦以来、大型駆逐艦の建造を停止していたから急ピッチでこれの整備を進めているし、同様に次世代艦隊型駆逐艦として丙型を量産しようと考えていると平賀さんからも聞いているから、今の予算だとそれが頓挫しかねないから突き上げがすごいだろうな」
「そうね、そういう意味でも大角さんのカネを寄越せ、出さないならウチに頼るな、別組織でなんとかしろという趣旨の演説は海軍さんの内部において大きく支持を集めることになりそうね」
「あの人は艦隊派に祭り上げられているようで、実際は艦隊派を上手く制御していると言える。艦隊派を使って航空主兵論が台頭しないように制御しつつ艦隊派一色に染まらないようにしているしね」
「でも、そのせいで史実よりも軍縮の影響が出て欧米に比べて軍拡は出遅れ気味よ?」
「まぁ、それでも米帝様が史実通りに中速戦艦6隻、高速戦艦4隻投入してきても、我が帝国も41cm主砲新型戦艦だけで4隻、46cm主砲新型戦艦が4隻、41cm主砲に換装済みの改装在来戦艦8隻と史実を上回る戦艦群が昭和15年には出揃うことになる。史実と比較すれば実戦力で2倍以上のそれだよ」
「文字通り正面装備だけ立派よね」
「・・・・・・」
堂々巡りだった。条約破りや偽装工作の結果、急速に主力戦艦こそ揃えることに成功していたが、それと反比例するかのように巡洋艦や駆逐艦の建造は遅れに遅れていた。場合によっては起工にすら至っては居ない。
「挙げ句、欧米の超巡規格に対抗してミニ戦艦を量産しているとか、何がしたいの?」
「・・・・・・」
「男の浪漫と言えばそれで説明出来る、説得出来ると思ってないかしら?」
「それは・・・・・・」
「それは?」
「仕方ないだろう。男はみんなデカくて凄くてカッコイイものに憧れや畏怖や浪漫を感じる生き物なんだから。それも、世界一とか世界最強とか・・・・・・痺れるし憧れるんだよ」
「本音はそれなのね」
「・・・・・・否定は出来ないと思うよ。趣味と実益を兼ね備えているのが軍隊であって兵器というモノなんだから。ホラ、ドイツの軍服とか戦車とかジェット機とか現代のそれなんかと比べても数段にカッコイイだろう?」
「そんなこと力説されてもね」
「・・・・・・若気の至りなんだよ、英帝様なんて海を征く列車砲みたいなハッシュハッシュクルーザー造ったし、パンジャンドラムとか訳のわからん代物造ったり、ティータイムのために戦場で休息するし・・・・・・」
「そうね、役に立たなかったモノの象徴ね」
「そう言うなよ、ロシア/ソ連の戦艦なんて超弩級戦艦と言いながら、あんな格好の悪い奴だし、そんなのに比べれば・・・・・・」
「扶桑と山城だったかしら、この世界ではスマートに魔改造されているけれど、元は違法建築じゃない。しかも、格好の悪いと言ったアレと同じで艦橋と煙突の間に砲塔装備しているじゃない」
「いや、あんなブサイクなんかと扶桑姉妹を一緒にするなんて・・・・・・不幸だわ」
「旦那様、それやめてくださらない? 本当に殿方ってどうしてこうも見栄っ張りなのかしら」
「そうは言うけれど、我が日本は実は世界初とか世界最強とか世界最大とかの宝庫なんだよ! あの日本海海戦の三笠を含む敷島型は世界最強と呼び声高かったし、その後の薩摩型も世界最大最強、続く金剛型も世界最速最強、扶桑型も世界最大最強、長門型も史上初の41cm砲搭載の世界最強、大和型は46cm砲搭載の世界最大最強と歴代のタイトルホルダーだらけなんだよ!」
「本当に殿方って馬鹿ばっか」
終始、結奈が総一郎に向ける視線は冷たいものだった。そして総一郎の後ろに見え隠れする世界を股に掛けるグレートゲームの一面に諦めに似た何かを思わずにいられなかった。
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