東條VS石原
皇紀2596年12月1日 帝都東京
「だから言っておるだろうが、敵基地へいち早く進出し敵が飛び立つ前に地上で撃破せねばならんと、エチオピアでイタリア軍がSB爆撃機に良いようにあしらわれておるのもその速度性能によるものだ」
参謀本部において激しくやり合っている片割れは関東軍総参謀長東條英機中将、もう片割れは参謀本部第一部長心得の石原莞爾大佐(37年春に少将へ昇進予定)である。
「閣下は爆撃機の高速性能を重視しておいでですが、キ19、キ21の何れも爆弾搭載量が少なく当面なら兎も角、数年先を見越すならば早期に合衆国のように四発重爆をこそ望むべきであると小官は考える。以前に山東半島において北伐軍を焼き尽くしてやったように大量の爆弾を敵に上空に梅雨の雨が如く投下することこそ肝要、その様な速いだけの爆撃機など時代遅れですぞ。その程度のことすら閣下はおわかりにならない」
「何を言うか、では、石原、貴様は今その四発重爆を用意出来るとでも言うのか、今必要なのは開発中の試製重爆であって、それの戦力化こそ急ぐべきものだろう。そのいつ完成出来るかもわからぬ代物をいつまでも待てるというのか!」
「閣下もご存じでしょう、ウーデットを通して有坂コンツェルンが合衆国から枕頭鋲や厚板構造など先進技術を入手し、あの手この手で技術導入を進めておるのもそのためではないですか、それをお忘れとは言わせませんぞ。折角、最近は先見の明が身についたかと感心しておりましたのにこれでは話になりませんな」
「貴様、上官をなんだと思っておる!」
「目先のことしか見通せない閣下の目が節穴だと申しておるのみ、小官は何か間違ったことを申しましたかな?」
議論――否、罵り合いに変化しつつあるその状況に陸軍省、参謀本部、技術本部、航空本部などの面々は「また始まった」とうんざりした表情を浮かべる。
ここ数日のやりとりはいつもこうして脱線し本筋に戻るまでお互いに思うところをぶつけ合って疲れるまで時間を無為に費やしている。
だが、東條からの突き上げで始まった新型機に関する陸軍省における会議は東條と石原の対立こそ目立っているが、その実、東條と石原によって会議の主導権が握られ他者の横槍を許さない情勢へと変化していた。
「だから何度も言うが、敵航空基地の頭を抑えてやらねば赤色空軍はあっという間に増強されてしまう。まして、新鋭九六式戦闘機もSBやそれに続く新型高速重爆には心許ないのは言うまでもない。今必要なのは絶対的な制空権の確保だ!」
「では、急務となるのは要撃機となりますな。現段階で参謀本部が準備しつつある兵器研究方針において従来通り格闘性能を重視した「軽単座戦闘機」、重武装かつ対戦闘機戦にも対大型機戦にも対応し得る速度重視の「重単座戦闘機」、双発複座の万能長距離戦闘機が提示されておりますが、閣下の持論や世界戦局を鑑みる限り優先すべきは重単座戦闘機ということになりましょう。これに異存はありますまいな?」
「うむ。それについては異存はない。キ27とキ28の競作を見る限り、キ28改に一撃離脱戦法をとられるとキ27は再度格闘戦に持ち込むのは難しかったことは記憶に新しい。時代は確実に重戦闘機へと向かっておると理解しておる」
石原は挑発気味に戦闘機論をぶち上げ、これに東條も同意する。ある意味では予定調和とも言えるそれだが、軽戦闘機論者が陸軍航空では大勢を占めるだけに現場指揮官と参謀本部が一致した見解を示すことには大きな意味があった。無論、石原と東條の間に密約は存在しない。
「では、その重単座戦闘機が一斉に高速接近、一撃離脱をした場合、SBなどの高速重爆が対応しきれますかな? 小官はそうは思いませんな。であれば、中途半端な対空火器を下ろしてその代わりに爆装を強化すべきでありましょう」
「だが、それでは重爆が丸裸ではないか。それはなんとする」
「そうですな、当面は双発複座戦闘機を護衛の任に充て、しかる後に開発された重単座戦闘機にその任を受け継ぐとすれば如何でありましょう? この方針であれば、新型機の設計開発としてそれほど無理のあるものではありますまい。いずれにせよ、キ19、キ21の何れも現時点では開発中でありますから当面の方針としては防弾性能の強化を行う設計変更を指示すること、さすれば仮に丸裸であっても敵に撃ち落とされることはないと思いますが如何ですかな」
石原の妥協案が提案される。参謀本部の面々もこれには同意の表情を浮かべる。航空本部と技術本部は渋い表情をしているが、それでも筋が通っているだけに表立って反論する者はいなかった。
「石原の言うことは一応筋が通っておるから反論は控えよう。最前線を預かる関東軍の総参謀長としても、一人の将官としても、その提案に沿ったものが開発され前線に配備されるならば犠牲は減るであろうから文句はない。だが、事態は刻一刻と変化する。それを忘れて貰っては困る」
東條はそれだけ言うとそれ以上は黙って会議の進行を邪魔することはなかった。陸軍省の会議の後、三菱重工業と中島飛行機に仕様の変更命令が伝えられると両社の設計陣は指示命令に沿った形で機体設計をやり直すこととなり、指示された期日に間に合わせるように各種設計が変更され、新仕様による試作5~10号機が追加で製作されることとなった。両社に下された新たな期日は37年1月末日までに設計完了、2月末日までに試作5号機、3月末日までに試作10号機までの納入が求められたのである。
これには東條から試作機でも良いから新型機を一定数前線配備が要求され、それに押し切られたことによるものであった。
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