そして引き金は引かれた
皇紀2596年11月3日 アメリカ合衆国の事情
ウィリアム・ハルゼー・ジュニア海軍大佐が座乗する空母サラトガは欧州大戦当時に量産された平甲板型駆逐艦が8隻が附属した形で任務部隊編制をして東シナ海へ派遣されていた。この艦隊はその指揮系統を便宜的に第1海兵軍に組み込まれ、海兵隊の指揮下に置かれることとなった。
宛がわれた平甲板型駆逐艦はいずれも旧式化した艦艇であるが、支援と護衛が主務であることから必要十分と考えられ、米本土西海岸から出港した時点で既に魚雷は未搭載で、上海に到着次第、順次交代しつつフィリピン・マニラ湾のキャビテ軍港で魚雷発射管の撤去を行うことが決定されている。
改造内容は非常に簡易なもので、魚雷発射管を撤去、代わりに兵員居住区を設置、小型揚陸艇4隻およびこれを揚降するための重力式ダビットを装備するというものであった。兵員居住区は2個小隊100名が収容可能であり、また機材倉庫が併設される仕様となっている。
これらの改装が終了した時点でこの任務部隊に配置されている駆逐艦8隻で1個大隊規模の輸送能力を獲得することとなり、重砲以外の装備を有した海兵1個大隊を迅速に上陸可能としている。重砲の搭載を諦める代わりに元々搭載されている4インチ主砲4門による対地支援が行うこととしている為、火力支援についてはそれ程問題とされていない。
これらの改装は海兵隊から上陸支援専用を目的とした高速輸送艦の必要性が求められたことから、艦隊型駆逐艦の拠出は出来ないが、旧式化が著しい平甲板型駆逐艦ならばと話がまとまった結果のものであった。
しかし、これには海軍側の隠された意図があった。
「平甲板型駆逐艦を警備艦艇や武装輸送艦へ改装することで軍縮条約によって制限されている駆逐艦の補充が可能となる。ベンソン級駆逐艦の量産とその発展型を建造することが出来るじゃないか。改装格下げ名目で海兵隊にくれてやれ」
この海軍側の意図は軍需産業側にとっても好都合であり、大量発注による造船所の空きが埋まることが期待されたのである。無論、それはルーズベルト政権にとっても好都合で軍拡による景気刺激こそ望ましいものだった。
「軍縮条約を気にせずに新型艦に更新できるなら好都合だ。支那への出兵が思わぬ効果を生みおったわ」
海軍側から内々に話を持ち掛けられたフランクリン・デラノ・ルーズベルト大統領もニヤリと笑みを浮かべながらその話に賛意を示し、議会への根回しを命じている。
トントン拍子に見えるが、これは海兵隊首脳がカリブ諸国からの撤退以後生き残りを賭けて研究を続けていたことと、上海への上陸を行った際のレポートを研究した結果によって海軍その他への根回しを進めていたことからだった。
特に海兵隊は上陸戦を行い、状況次第では立て籠もり、アメリカ合衆国の財産と合衆国市民を守ることが求められている。その存在意義を最大限に求める場合、どうしても上陸支援と上陸後における橋頭堡の確保と継続支援を必要としたのだ。その結果、旧式艦艇でも迅速に作戦地域へ展開出来、尚且つ有効な地上攻撃が行える戦力を欲したのである。
尤も、海兵隊にとって好都合だったのが、ホワイトハウスも海軍も財界も軍拡に前向きであり、誰にとっても望ましいことであった。誰も損をしないのであるから手を組むのも容易だったというわけである。
しかし、そうなると割を食うのが陸軍である。
陸軍は海外遠征を前提としていないため、本国防衛のための水準であり、同時に戦略空軍決戦思想によって超重爆開発とその生産配備によって師団数の整理やM1ガーランドの配備もされなくなってしまった状態なのだ。
「我々陸軍は海軍の提案に異議を申し立てる」
安全保障会議において陸軍側は海軍側の建艦計画前倒しの提案に反発を示したが、海軍側から同様に超重爆開発と配備をペースダウンするように反対に提案され、それに猛然と抗議をすることになる。
「超重爆の開発はホワイトハウスも承認したもので、国策ではないか、それを何だと思っているのだ」
「そうは言うが、我々海軍も日英の海軍力増強に対応していかねばならん。それに、YB-17Cだったか、あのオモチャは1,500miの戦闘半径があると言うが、2,000lbの爆弾しか運べないというではないか、我が戦艦群なら射程は22miほどだが、一斉射で16,000lbの砲弾を撃ち込むことが出来る。比較にならんじゃないか」
「だからだな、これだから海軍の石頭は……数百機の超重爆で敵の頭を直接叩けるということがわからんのか?」
「その数百機は何時揃うのかね、しかも2,000lbの爆弾しか運べない木偶の坊だぞ?」
「本来は12,000lbの爆装が可能である。YB-17Cは試作爆撃機を改造したもので制式な仕様ではない」
「では、その正規仕様でどれだけ飛べるのかね?」
「現状では戦闘半径870miだ。XB-15の開発が成功すれば戦闘半径2,500miとなろう。そうなれば、フィリピンから日本本土への攻撃やフロリダからカリブ海全域が爆撃範囲となる」
「それは大変魅力的なことですな……で、それはいつ完成するのですかな?」
荒れに荒れる安全保障会議だが、こればっかりは海軍側の言い分の方に分があるだけに陸軍側もその自覚があるだけに反論がしづらい。
結局、海兵隊の後詰として陸軍の派兵を前提として数個師団の動員を行うための準備と補給のための予算枠を勝ち取るのが陸軍の精一杯となった。
逆に海軍はヴィンソン案に基づく戦艦建造予算が認められることとなり、同時に要求した平甲板型駆逐艦の代艦建造が認められたのである。これによって、アメリカ合衆国は正式にポスト条約型戦艦の建造をスタートすることとなる。
しかし、ポスト条約型戦艦といえども、その内容は史実におけるノースカロライナ級と同等であり、14インチ4連装主砲3基を搭載する35,000t級高速戦艦とされていた。ただし、史実と違うのは2隻ではなく4隻建造であるという点である。フロリダ級、ワイオミング級の4隻を一気に置き換えるためのものであった。
数日後、アメリカ合衆国は正式に列強各国へ旧式戦艦の退役と代艦建造を通告したのである。そして、これがフランスの新型戦艦建造の引き金を引くこととなったのは言うまでもない。日本側も正式に大和型戦艦の建造を明言することとなり、大日本帝国海軍もまた仮面軍拡をやめる時が来たのであった。
こうして明確に無条約時代を迎えることとなった。
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