空翔る迷惑
皇紀2596年7月7日 中支那
フィリピン・クラークフィールド基地に進出したフライング・ドミネーターズことYB-17Cは長駆サンフランシスコ近郊の基地からハワイオアフ島のヒッカム基地、グアム島のアンダーセン基地を経由して飛来したこともあり整備に十分な時間を費やす必要があり、そのため、保有機材15機の内、調子の良い3機を除いて稼働には今暫くの時間を要していた。
だが、その稼働3機は整備が完了次第、すぐに作戦行動に入った。
7月3日には中支那方面に偵察飛行が行われ、空中写真を多数撮影し、敵情を把握するに努め、翌4日と5日は上海に上陸中の海兵隊の揚陸支援のため短い時間ではあったが上空警戒と周辺の偵察が行われている。
この際、燃料節約のため台湾海峡を通過したが、その際に澎湖諸島上空を通過したことで現地の帝国陸軍部隊に発見され恒春陸軍飛行場から緊急発進が行われた。しかし、この時に恒春陸軍飛行場から発進した要撃機は九三式戦闘機であった。流石にこの機体の最高速度は420km/h程度であったことからYB-17Cの410km/hとほぼ等速ではあったがYB-17Cの飛行高度に達した頃にはYB-17Cは福州方面に飛び去ってしまっていたのであった。
旧式化しつつあるとは言えども第一線級として満蒙においてもソ連赤色空軍相手に善戦する究極の複葉機として名高い九三式戦闘機が迎撃失敗したことは陸軍中央に衝撃を与える結果となり、帝都東京の陸軍省、参謀本部、航空本部、兵器本部、技術本部などは蜂の巣をつついたような状態となっている。
制式化されたばかりである九六式戦闘機の最高速度は530km/hに迫る性能だが、問題は上昇力であった。九三式戦闘機が5000mまで5分であったのだが、九六式戦闘機もまた5000mまで5分と同じであった。では、増加試作機を製造させているキ28改はどうかとなったがまったく同様の数字であることから上昇力の不足を痛感した陸軍中央の狼狽たるや想像に難くない。
日本側の大混乱を余所にYB-17Cはそのまま任務を達成し、再び台湾海峡を通過しクラークフィールドへ帰還している。
7日を迎えると整備が概ね終了し、15機中12機が作戦運用出来るようになったこともあり、遂に爆撃任務に投入されることとなったのである。早速、夜明け前にクラークフィールドを離陸したYB-17Cは9機編隊で早朝にバシー海峡を通過し、一路台湾海峡を北上していくのであった。
狼狽している帝国陸軍ではあったが、毎日澎湖諸島上空を高速で通過する謎の四発機に全く何もしなかったというわけではない。
陸軍大臣荒木貞夫大将は即日、城ヶ島要塞研究所で試験運用中の試製電波警戒機乙Ⅱ型を台湾へ輸送することを決定、4日には所沢陸軍飛行場から幾度か途中補給をしつつ6日に恒春陸軍飛行場、同様に澎湖諸島にも試製電波警戒機乙Ⅱ型が運び込まれたのであった。
文字通りぶっつけ本番での運用がスタートしたのだが、まさか運用当日の7日に恒春陸軍飛行場に仮設された試製電波警戒機乙Ⅱ型が不明機群を探知するとは思いもしていなかったのであるが、バシー海峡から澎湖諸島方向へ飛行していくそれを発見してしまったのである。
これには城ヶ島から出張ってきた研究者たちは万歳三唱と奇声を上げつつ軍歌を歌い始める始末であったのは別の話。こういった時の荒木の決断力は機を見るに敏と言えるが、どうやらここ一番というところで引きが良いらしく、これによって政治的発言力と陸軍内の影響力を拡大してしまうのだが、それもまた別の話である。
日本側の悲喜交々を横に台湾海峡を北上するフライング・ドミネーターズの目標はセントラル・チャイナ・パシフィック鉄道の海南線沿線から少し離れた赤化ゲリラが事実上占拠している都市であった。
ここ数日の偵察飛行で赤化ゲリラ勢力の根城となっている都市や集落を複数発見していたのだが、その中でも最も海南線に近く、偵察によって最大戦力が終結していると判断されたのがこの都市であったのだ。特に長江にもほど近いことから、長江航路だけでなく東シナ海における海賊行為にも関係していると断定した形で空爆対象としたのである。
だが、YB-17Cは元になったYB-17と同様に4000km程度の航続距離しかなく、それが故に爆装は最低限で1トン程度、防弾装甲の撤去による軽量化によって航続距離を5000kmまで延伸させている。無理矢理航続性能を求めた結果、XB-17計画よりも明らかに性能の低下に繋がってしまったのであるが、フィリピン・クラークフィールドから渡洋爆撃をするには吞み込むほかなかった。とは言えども、9機で合計10トン近い焼夷弾をその腹に抱えているYB-17Cであるが、一つの小都市を焼け野原にするには十分であろう。
そんなこんなで空爆対象まで編隊飛行を続け、上海上空にさしかかると示威飛行を行い在支那の在留アメリカ人へ力強い機体を見せつけたのであるが、これに刺激されるのが列強各国である。突然現れた巨人機に各国の総領事、駐在武官が行動を開始することとなる。スパイ天国上海の面目躍如と言ったところである。
上海上空で寄り道をした後、まっすぐ空爆対象へ飛行すると抱えてきた焼夷弾をばら撒くと足早にクラークフィールドを目指して引き返していく。どれだけの戦果が出たかは彼等にとってそれほど重要ではなかった。
「ゲリラの巣窟が燃えている」
ただそれだけがあれば良かった。赤々と燃え上がっている都市の写真を撮ればそれで彼等の仕事は終わりである。むしろ、戦果確認など無駄であり、さっさと基地に戻らなければ燃料が心許ないのだ。
基地に戻った後、現像された写真はすぐにファックスでアメリカ本国へ送信され、米国東部時間の7日夕刻に号外ニュースとして報道され、それに利用されたのである。
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