第二出光丸、沈没す
皇紀2596年6月9日 渤海
「第二出光丸、爆沈す」
「深夜の渤海に木霊する爆音」
「今も轟々と燃えさかる現場海域」
9日夕刻の号外には第二出光丸の沈没を報じる内容が書かれていた。この号外はそのまま国内世論を沸騰させるに十分なものであった。
第二出光丸の遭難を察知した東京証券取引所の8日と9日の商いは低調であった上に出光商会とその関連株が売られる展開となっていたが、後場の大引け間際に飛び込んできたニュースで出光商会はストップ安を記録することになる。
翌10日は石油関連株が軒並み売られ、同時に海運株も影響を受けてじりじりと値を下げていくことになる。だが、逆に軍需関連株はストップ高を記録することになり東京証券取引所だけでなく他の取引所でも同様の動きを見せることとなる。
事態の推移は以下の通りだ。
イタリア海軍特殊部隊が特殊艇マイアーレで潜入、吸着爆弾をして人質と第二出光丸の解放、犯人グループの投降を呼びかけたがその甲斐無く投降期限を過ぎたことで1発目が起爆、スクリューシャフトが吹き飛ぶ。スクリューシャフトの損傷箇所から浸水が始まり、船尾から徐々に傾き始める。
これによって船内では犯人グループ同士の対立が発生していた。イタリア海軍が本気で第二出光丸を沈めてでも犯行グループを始末しようとしていると察した一団が投降しようと主張したのだ。
だが、ヨーロッパ人の風貌をした男がそれを一喝する。
「ニェット! 貴様らには気合いが足りない、スメドレー、手本を見せろ」
「気合いの入れ方はこうよ! 革命に生きるか死ぬか選びなさい!」
スメドレーと呼ばれた女性は彼の意向通りに手にしていた拳銃で投降派のリーダー格の男に照準を合わせる。
「スメドレー、お前も気合いが足りん。その程度で革命に殉じることが出来ると思っているのか、これはこう使うのだ」
そう言うや否や自身の拳銃で近くに居た男たちを数人打ち抜く。それも正確に眉間を打ち抜いて即死させていた。
「これでも貴様らは革命と共にあることを選ばないというのか? どうだ?」
容赦なく仲間を処分する彼とそれに従うスメドレーの狂気はその場の空気を圧して否と言える状況ではなくなる。そうなると徹底抗戦するしかその道はなくなる。
自棄になった犯人グループは人質の殺害を予告したが、その直後に船首水線下に取り付けられた吸着爆弾が起爆したことで急速に浸水が進んでいった。犯人グループが浸水に気をとられ始めた頃合で人質を押し込んでいる船倉との間の通路が爆破された。
通路爆破によって生じた穴からイタリア海軍特殊部隊は人質を連れ出し、関東軍が派遣してきた装甲艇が夜陰に乗じて強行接舷、移乗させたのである。無論、これに気付かないほど犯人グループも愚かではなく、果敢に機関銃で反撃をするのだが、逆に装甲艇に装備されている九〇式五糎七戦車砲の榴弾を叩き込まれる運命にあった。
装甲艇はそれほど防御性能が高いわけでは無いが、関東軍総参謀長である東條英機中将の鶴の一声で急遽魔改造が行われて現場へ送り込まれたのである。
「満鉄の沙河口工場で圧延鋼板を拝借してそれを臨時の装甲板とすれば良い。人質の奪還とそれを守ることが出来れば十分。敵の銃撃を耐え続ける必要など無い」
旅順港に停泊している装甲艇とその周囲に展開した艀に満鉄の工員が乗り込んできて臨時改造を施していったのは8日の日中のことであったが、突貫工事によって原形をとどめないほど魔改造されたことで事後廃用間違いなし状態で送り出されたのであったが、これが結果としては功を奏したのである。
日伊両軍の連携によって無事に数人の重軽傷者を出しつつも死者を出さずに救出は出来たのであるが、イタリア海軍特殊部隊は船体中央部竜骨に仕掛けられていた最後の吸着爆弾を起爆して後始末に掛かる。
「ここまで手間を掛けさせたのだ、海の藻屑になる覚悟なんだろう。喜んでおもてなししてやる」
日本側の人質と違ってイタリア側には若干の死者が出てしまっていた。それが、特殊部隊の必要な犠牲であると割り切っていても仲間を殺されたことで彼等自身もいくらかの復讐心が芽生えたとしても仕方が無いだろう。
最後の吸着爆弾が起爆し、船体各所からの浸水が酷くなるとあっという間に第二出光丸は沈没していく。流れ出した原油に火がつくと海面を焦がしていく。
逃げだし漂流している犯人グループはその業火に包まれて次々と波間に沈んでいった。一部を除いて・・・・・・。
「忌々しいジャップ、そしてイタリーファシスト・・・・・・」
イタリア海軍特殊部隊と同様に半潜水艇を使って第二出光丸から離れていく人影がそう呟くが、その言葉を聞いたのは同乗していた男だけだった。




