魔都、それぞれの思惑
皇紀2596年6月8日 要塞都市上海
第二出光丸を巡る攻防と同じくして上海でも新たな攻防が始まりつつあった。
要塞都市上海――上海事変によって築かれ列強によって造られた隔てる壁はそのまま支那という世界における文明社会と非文明社会を区分する秩序ともいえる。
今、この壁の内側には支那有数の億万長者や青幇・紅幇がその根城とし中華民国の統制を受けず広大な支那大陸から富を吸い上げている。だが、その吸い上げた富は表面的には彼等によって蓄財されているように見えるが、その実、列強によって合法非合法問わず流出させられていた。だが、富裕層や反社会組織にとって懐が痛むことはない。
彼等が富を得る手段はいくつかある。例えばアメリカ資本と提携することで実質的な奴隷労働によって安価な製品を作り出しそれをアメリカ本土へ還流することで輸出益を得ていた。これは表向きの商取引の一部であった。彼等が更に多くの利益を生み出していたのは阿片や大麻など麻薬の非合法取引であり、その裏には大日本帝国やアメリカ合衆国、大英帝国の影が見え隠れしている。
上海を経由して流入する麻薬を中華民国南京政府、つまり蒋介石政権は摘発することで数億総阿片中毒患者化を防ぎ、非合法な国富流出を水際で阻止しようとしていたが、政権中枢そのものも実際は阿片流通による利益を最も得ていたこともあってその成果は上がらない。
蒋政権中枢とその直轄軍が比較的潤沢な予算と軍備を有しているのも実際はこういった非合法な資金の還流によってであっただけに誰が見ても腐敗と不正の温床であったが、彼等に逆らい糾弾する軍閥など存在しなかった。中小軍閥もまたその活動資金の多くを非合法な資金で賄っているからだ。
一部の官吏が不正を撲滅しようと動いたが、数日後には惨殺死体で発見され、彼等の一族の多くが阿片中毒で廃人化していた。これによって心ある官吏たちもまた屈してしまったことで益々亡国への道を突き進む結果となっていた。
そして、一番積極的に阿片を売り捌いているのが実態だけで言えば大日本帝国であったが、陸軍在支那の各特務機関や甘粕正彦率いるA機関が青幇の頭領である張嘯林と結託して複雑なルートでロンダリングを行っていることで一切表には出ていない。
尤もアメリカ合衆国も負けてはいない。アメリカ国内で上海グループと称されるフランクリン・デラノ・ルーズベルト大統領の一派がラスト・フロンティアと称して一種のアメリカンドリームを演出していたことで一向に改善を見せない本国経済に見切りをつけた資本家・銀行家たちが投資をしていた。メイク・マネーの手段は前時代的な手法であったが非文明国と分類される地域へ現代的手法を適用するほどアメリカ人はお人好しではなく、それを正当化するように週末毎にニューヨークやワシントンで支那を文明化するためと称した大規模な寄付金集めのレセプションを開いている。
阿片取引の元祖とも言える大英帝国もまた香港ルート、ビルマルートで密輸と密売をして巨利を得ていたが、表面的には素知らぬ顔をして支那大陸からは手を引いているという姿勢を示している。
これが要塞都市上海の華やかな外面の影に潜む闇の顔であった。
そんな上海に小さな事務所を構えているのがアルテミス・フォン・バイエルライン、元アリサカUSA総支配人である。彼女がここに拠点を置いたのは日米関係が微妙であることから、日米の本国よりも日本人/日本企業とアメリカ人/アメリカ企業が接触しやすいという事情にあった。
エルンスト・ウーデットがロサンゼルスでダグラス社との交渉を定期的に続けているが、やはり対日輸出を懸念されたことで機体そのものの売却は難しい状態であった。そのために上海においてもダグラス社との接触を定期的に行うことで妥協点を探る意図があった。
ウーデットはダグラス社の機体開発が紆余曲折していることから本国であるドイツでDo19が設計完了し試作機の製造が始まったこと、Ju89とその改良発展型のJu90の開発が同時に進みつつある状況から、機体製造における鋲打ち法と厚板構造に狙いを絞り、製造に必要な図面だけでなく、治工具といった製造に必要な装備一式の確実な取得を優先することとしたのだ。
このウーデットの交渉方針の転換は間違っておらず、自国のドクトリンである超重爆による戦略空軍決戦思想を再現しうるダグラス社の4発旅客機は難色を示す一方でアメリカ政府及び軍部は鋲打ち法と厚板構造にはそれほど注意を払っていなかったからだ。そして、この交渉の最大の難点はそのライセンス料であり、その交渉こそアルテミスに任されたものであった。
「なかなかタフな交渉になりそうね」
彼女はウーデットがある程度まとめた交渉を引き継ぐことになるが、昨今の東シナ海の情勢を見る限りはダグラス社も本国政府の顔色を窺いつつのそれであるため好条件のそれは期待出来ないと感じている。
「予想されるライセンス料は足下を見られるのは間違いないにしても、付帯条件が焦点になりそうね。如何に余分な制約を掛けられないように立ち回るかが妥結の鍵になるわね」
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