第二出光丸の遭難
皇紀2596年6月8日 満州総督府 大連
出光商会は日本本土での営業もそこそこにその資本と営業網を外地へと向けていた。その収益の主力となるのが満州であり、その根拠地がこの大連である。
大連及び旅順には欧州列強の代理店や支社が続々と進出し、今や上海以上の活気を見せ、英仏独伊だけでなくアメリカ合衆国の企業もいくつか支社を構えている。
日本本土よりも最近では景気が良いこともあってここを本拠にして日本本土や外国企業との仲介で幾人か成り上がって満州成金と称されるほど羽振りが良い。
普段は帝都東京でその強面で業界人とやり合っている出光佐三がその大連に訪れているのはワケがあった。無論、自社に関わる案件からだが、彼は大連の支配人に普段はそういった事柄を任せている。逆に言えば、彼でないといけない理由があってのことである。
「お待ちしておりました、店主」
支配人と幹部社員たちは出光商会大連支店のエントランス前で揃って出光を出迎える。
「皆ご苦労、儂の代わりに頑張ってくれたこと感謝する。ここからは儂が諸君と共に戦うから頼むぞ」
「はい!」
支配人が先導して会議室へ出光を案内する。幹部社員達もその後に続く。その表情は皆一様に硬い。出光も帝都において報告を受け取っているだけに彼等社員達の苦難を知っているだけにこの難局を切り抜けるために態々出向いてきたのだ。
「さて、では改めて状況を聞こう」
会議室に通された出光は背広の上着を脱ぐとシャツを腕まくりする。椅子には座らずにテーブルの上座で立ったまま状況を聞く。
「先日報告した通りでありまして、第二出光丸が遭難・・・・・・」
「お茶を濁した言い方が良い、支那の海賊に襲われたのだな? それで、現況は」
「目下、協定によってイタリア王国海軍のフリゲート艦が山東半島威海衛沖にて船員の解放を要求しつつ睨み合っています。どうやら海賊連中は機関銃や迫撃砲を多数持ち込んでいため強気でいるため交渉は上手くいっていないようです」
幹部社員の報告には焦りと後悔が滲んでいる。船員だけでなくその家族もまた出光にとって、また出光商会とその社員にとって仲間であり家族である。それだけに早く解決したいと思うが、一企業ではこういったことには無力にならざるを得ない。
「船員の家族達には本店から見舞いを出すことになったが、一刻も早く船員を救出してやらねばならん・・・・・・帝国海軍は何をしているのだ・・・・・・」
「海軍は支那派遣艦隊から巡洋艦を向かわせると連絡がありましたが、その行動は軍機だとのことで詳細は・・・・・・」
「そうか・・・・・・海賊はどう言ってきている」
海軍のそれには期待出来ないと出光は割り切ることにした。頭を切り替え船員の解放条件に焦点を合わせる。彼にとっても出光商会の社員達にとってもよくわからない海軍の行動より自分たちの仲間のことの方がより大事だったからだ。
「イタリア海軍からの話では日本軍の支那からの撤退、列強の権益放棄だと・・・・・・」
「話にならんな」
出光は呆れる。交渉条件にすらなっていないからだ。
「ええ、イタリア側も話にならないと蹴っているそうですが・・・・・・あーうー・・・・・・」
煮え切らない反応を示す社員に出光は先を促す。
「どうした?」
「そのイタリア海軍から黙ってみていろと必ず船の奪還と船員の救出をして見せると・・・・・・大層の自信でそう言われておりまして・・・・・・」
「それはどういうことだ?」
「それ以上は軍機だとのことで・・・・・・ただ、今夜行動を起こすから安心していろと」
出光もそれには言葉が出なかった。何か言っても社員達を困らせるだけであり、同時にイタリア側に掛け合っても何か得ることが出来そうにないことを悟ったからだ。
「そういうことなら、陣中見舞いにイタリア領事館に出向くことしか出来そうにないな」
「はぁ、そうなのです。故に報告して良いものか悩みまして・・・・・・」
「よし、なら、船員達が無事にこの大連へ戻ってきた時のために慰労してやろうじゃないか、星ヶ浦のヤマトホテルを抑えておいてくれないか」
支配人は出光の言葉に頷くと秘書に出光の意向を伝える。
だが、第二出光丸の遭難はあくまで氷山の一角でしかないことをまだこの時出光商会だけでなく、大日本帝国はおろか列強各国とも知らないのであった。
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