英雄将軍、大いに喜ぶ
皇紀2596年4月7日 神奈川県 城ヶ島要塞
技術者にしてみれば陸軍省から引っ張ってこれる予算が付けばそれだけ研究が捗る上に自分たちの成果を示すことが出来るという意図、また荒木貞夫陸軍大臣にとっては先見の明がある英雄将軍という評判によって名声を得られると同時に敵を早期に発見出来るという実利、双方にとって利害は完全に一致していた。
その価値を認められ、生産が進めば満蒙における航空決戦の優位性が確保出来、戦況は間違いなくこちら側に傾くと確信があっただけに技術者も積極的に荒木にそのメリットを説明していく。荒木もその意図をよく理解し、逆に技術者達を質問攻めにして理解を深めていった。
彼等にとってまさに一蓮托生という連帯感が醸成された瞬間であったが、それはあくまで一面的な見方でしかない。
この視察と試製電波警戒機乙Ⅱ型のデモンストレーションは政治的な意図によって行われており、それはまた本格的な戦闘へと突き進まぬようにするべくストッパーとして有坂総一郎が用意したものであったからだ。
総一郎自身は東條英機関東軍総参謀長との関係から判断を保留しているが、東條は積極攻勢論を抑止したい意向を示しており、総一郎はそれに従って行動した結果がこの視察に繋がっている。
荒木自身も参謀次長である真崎甚三郎大将、参謀本部第一部長である永田鉄山中将、第二部長である小畑敏四郎中将らと方向性は同じで積極攻勢論に寄っているが、軍政側の長でもあり、予算や人事、政府との関係上、安易にその旗色を明確にしていない。
そこで総一郎は政府側に工作しつつ荒木を慎重論に傾けることで一定のストッパーとして活用しようと考えたのだ。その材料が試製電波警戒機乙Ⅱ型であり、これの性能を示すことで制式化、そして量産体制が整うまでの猶予を確保するというものだった。
実際、東條も現場で用兵する側であり、少しでも戦局を優位にしたいことから新兵器による絶対的優位性を確保出来るに越したことはない。特にソ連赤軍やモンゴル人民軍が新型戦車を投入した以上は航空優勢を維持しておきたかった。
そういう意味でもすぐに戦力化が可能で陸軍予算を圧迫しない試製電波警戒機乙Ⅱ型の実用化・量産は最良の選択肢だったのである。
「さて、では始めてくれるかの」
荒木は案内された管制室に用意された席へ座ると実証試験の開始を命じると技術者達に交じって機器操作をする技術士官達が慌ただしく動き始めた。まず所沢飛行場へ離陸指示を電話連絡がなされる。
「所沢飛行場、離陸指示受領、1830より離陸を順次開始」
「出力調整問題なし、感度良し」
それほど広くない管制室内で各種報告や伝達が飛び交う。手順を踏んで繰り返し操作習熟に励んでいた技術士官達ではあるが荒木の面前での管制操作であって緊張した面持ちである。
「ただいま1830」
「所沢飛行場より離陸開始との報告」
「機器異常なし」
少し時間が経過すると緊張感も幾分和らぎ習熟訓練時と同じく落ち着いての管制操作となった。所沢飛行場からの報告が入るとside機器の確認が行われるが特に問題は見受けられないようだ。
「信号確認。距離50km付近に反応を確認、同じ60km付近にも微弱ながら反応あり」
試製電波警戒機乙Ⅱ型はAスコープを用いているためモニター上に縦軸と横軸で反応を確認する方式となっている。縦軸が信号強度、横軸が距離である。城ヶ島と所沢は直線距離70km程度であり、60km付近の反応は高度が低いことで微弱反応だったと思われる。
「続いて反応複数確認。現在50km付近に大きな反応、複数機が編隊飛行している感と思われる」
続いて報告される内容に歓声が上がる。荒木も目を見開いてその報告に聞き入っている。どうやら想像以上の反応に昂ぶっているのかも知れない。
その後30分に渡って試験は続いた。頃合良しと判断し、所沢飛行場へ電話指示で着陸が命じられる。この間ずっとAスコープのモニター上には時折発生するノイズを除いて支障なく安定して反応が見られていた。
「現在、信号反応は徐々に遠ざかっています・・・・・・今消えました」
「所沢飛行場から全機着陸との報告」
「試験終了」
「ばんざーい、ばんざーい、ばんざーい」
試験終了が宣言されると管制室内外で万歳の声がけが行われあちこちで万歳三唱がなされた。
荒木もこれに参加して誰よりも大きく万歳をしていた。その目は潤んでいたが、感極まってのモノだけではなかった。文字通り、目をキラキラさせてこの新兵器の活躍する未来に興奮したモノだった。
「諸君、よくやった。これは皇軍の、いや皇国に大きな力となるものだ。だが、ここで満足してはいかん。これからも精進してよりよいモノを作り上げてくれ」
荒木は興奮してそう言うと近くに居た技術者の肩を叩き激励していく。無邪気に喜ぶ姿に技術者達も笑みを浮かべる。再び誰かが万歳を唱えたことで皆でもう一度盛大に万歳をすることになったのは言うまでも無いことである。
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