見栄と野心と欲望と
皇紀2596年4月7日 神奈川県 城ヶ島要塞
帝国陸軍の東京湾要塞の一翼を担う三浦半島の先端に位置する城ヶ島、そこには砲台が築かれ相模湾と浦賀水道を防備する一翼を担っている。
しかし、その城ヶ島は単純な要塞砲台ではなく秘密研究所が設置され、最先端の研究が常に行われている一種の閉鎖都市であった。
特にここで開発が行われているのは八木宇田アンテナを基礎とする電波技術関係がその最たる例である。実際、彼等は数年前に電波警戒機甲、通称ワンワンレーダーを開発し、それは既に全国警戒網として整備され帝国本土と満州は一種の電波バリアによって侵入する航空機を即座に探知出来る体制が構築されている。
とは言っても、これは送信機と受信機を地理的に離隔して設置することで警戒線を構築し、この線に接近してきた航空機を探知するという「線警戒」方式を採用しているもので、日本初の実用レーダーとして運用が確立されたものだが、史実のソレを数年早く開発しただけで技術的な難易度はそれほど高くないモノであった。
この電波警戒機甲は先述の通り、「線警戒」であり、A地点の送信機から発する電波をB地点で受信し、その線上を通過する飛行物体があった場合にスピーカーから音が放たれその音程がドップラー効果により変化する為、探知要員は敵機の接近を知る事が出来るという代物だ。
よって、伊豆半島の石廊崎をA地点とすると伊豆大島の三原山をB地点とするなら、その線上を通過したものしか探知出来ない。逆に言えば、本土から離れた離島の高所に設置しておけばその線を通過するモノを探知することで敵味方かどうかは兎も角接近物を発見することは容易なのだ。
そしてこの警戒網はB-29による初の本土爆撃である北九州空襲時に効果的に運用され、その迎撃に活用されている。その際の警戒線は対馬-五島列島、対馬-平戸、松浦半島-沖ノ島を結ぶ線であった。無論、この時にはドップラー式の電波警戒機甲だけでなく、パルスレーダーである電波警戒機乙も運用されていた。流れとしては、より正確に言えば済州島配備の電波警戒機乙で探知、その後に対馬-五島及び対馬-平戸、呼子-沖ノ島の電波警戒機甲による警戒線突破確認による上空警戒配備迎撃というものだ。
今回、開発されたのはその電波警戒機乙である。
試作自体は既に出来ていたのだが、安定した運用が可能になるまでの調整に手間取っていたこと、トランジスタ搭載への改造などに手間取りやっと実用化出来たというところだ。
尤も、実用化しただけで制式化されていないため名称としては試製電波警戒機乙Ⅱ型の方が現段階では正しい。史実に比べ性能が上がっている部分と5年以上早く実用化が出来ていることは大きく戦局に寄与することは間違いない。
さて、そんな電波警戒機乙の公式運用試験を行うということで兵器行政を司る陸軍省の高官達を招いていたのであるが、それは陸軍大臣荒木貞夫大将を参謀本部の参謀次長真崎甚三郎大将や永田鉄山中将、小畑敏四郎中将らと引き離す為に用意された理由でもあった。
確かに実際に運用するのは実戦部隊を管轄する参謀本部であるかも知れないが、行政部門である陸軍省の決裁や兵器本部が採用を認めないことには彼等が実際に使うことはない。無論、参謀本部も人を出しているが、それはどちらかと言えば運用する側の基地要員などに限られている。
要は荒木を誘き出すための餌であり、参謀本部連中に介入させないための理由付けであった。
道中の移動は陸路からではなく、東京湾要塞の海上からの視察というそれも行う行程を組み込み東京港からそのまま南下し、第一海堡、第二海堡、猿島砲台、そして観音崎砲台を巡検し、城ヶ島がある三崎港へと至る。
実際にこの要塞群が役に立つことは殆ど無いとは言えども、要塞砲というものは厄介であり、これらが帝都前面を守っているというそれは心理的にも外交的にも軍事的にも重要なのだ。日本海に敵艦隊が侵入出来なかったのも積極的に侵入する用がなかったという理由もあるが、壱岐対馬に配置されていた41cm要塞砲の存在感によるモノでもあったのだから馬鹿にすることは出来ない。
荒木一行が城ヶ島に着いたの夕方近くになってからであるが、これには理由があった。
民航機の運行が終わる頃合を見計らって行いたいという理由と所沢教導飛行団の夜間飛行における離着陸訓練が理由であったのだ。好成績を示した川崎のキ28改を引き続き性能調査を行いたいという意向が働き、その際に夜間戦闘機として運用する場合の適性を調べたいという話が持ち上がったのである。
元々、電波警戒機乙だけの運用試験そのものは近隣の航空隊が機体を貸し出せばそれで済むのだが、折角ならという話が陸軍省内で持ち上がって、電波警戒機乙の運用を夜間に行うという話になった。その夜間飛行をするなら所沢教導飛行団が適任だということで実験飛行や実証飛行、これには地上設備の夜間運用に関する実地試験という側面もあり、各方面の思惑が重なったことでこの日にまとめて行うことになったのであった。
その都合上、本来はそれほど必要でも無かった陸軍大臣の東京湾要塞視察という行程が組み込まれたのだ。
まぁ、陸軍といえど巨大な官庁である。予算を動かす以上はその予算が適性に使われているとアピールして尚且つ予算拡大を狙うというお役所特有の事情が見え隠れしているわけだ。
しかし、それは別に悪い話でもない。
荒木にとっても人気取りというメリットはあったし、英雄将軍の視察という現場士気の高揚にもつながる。その上で陸軍という組織が国防の任を全うしていると内外にアピール出来るのだからデメリットなどない以上はやらないという選択肢はなかったのだ。
何しろ、ソヴィエト連邦と一大決戦が行われるかも知れないという報道が飛び交い、在郷軍人会もソ連討つべしと舞い上がっている。そういった状況下であるからこそ、陸軍大臣が各方面に顔を出すという効果は意外に大きいのだ。
尤もそういった部分が世論をミスリードさせる理由にもなるのだが、陸軍への支持率を高めるという点では陸軍にとって悪い話じゃないのだから当事者としてはそれを放置している。
「さて、今度出来た兵器はどう違うのだろうのう」
荒木は呟く。
「電波警戒機甲は言わば鳴子の理屈ですが、今回のモノはそういったモノではなく・・・・・・そうですな、暗闇の中で歩いて数メートル先に障害物があればそれがわかるといった感じのモノだと思っていただければ良いです」
解説役の技術者はたとえ話をして荒木に理解してもらえるように話す。
「ほう。電波警戒機甲は設置式であるから動かすことは出来ぬが、この電波警戒機乙は貴様の言い分では動かすことが出来る様に聞こえるのぅ」
「いえ、電波警戒機甲も動かすことは可能ですが、送受信が別ですので常設しておく運用法ですね。しかし、電波警戒機乙は送受信とも自己完結出来ますから重量を無視すれば移動物に載せて運用することも出来ます」
「では、例えば、飛行機に載せて運用すればどこでも使えるということになるのではないか?」
「無論、理屈から言えば可能です。ただ、まぁ、現時点では地上設置運用か船舶搭載運用が現実的です。なにしろ10トン単位の重量なモノですから」
「そうか、では飛行機どころか車両にも載せられんのぅ」
荒木は残念そうな表情を浮かべる。慌てた技術者が補足説明をするように続ける。彼等も予算獲得を必要とする点では陸軍省の軍務官僚達と何ら変わらない。
「いえ、大臣、まさに大臣のご慧眼の通りでして、車載運用を前提とした軽量化仕様を開発しております。これが完成すれば概ね九四式六輪自動貨車に収まる重量と大きさになると試算されております」
「だが、時間が掛かるのだろう?」
「いえ、時間というよりは予算と資材です」
「いくらぐらいだ?」
「閣下、お耳を拝借・・・・・・」
ヒソヒソと荒木の耳にのみ届く程度に囁く。流石に他の軍務官僚達に聞かせるには都合が悪いらしい。
「・・・・・・その数字は真か?」
「はい、しかし、それが出来れば、我が皇軍は敵の動きを把握出来ますから百戦あやうからず」
技術者も大きく出る。英雄将軍にして陸軍省の主である荒木を落とせば予算確保も容易であり、また政治的圧力も得られるだけにその気にさせるおべっかをここぞとばかりに使う。しかし、彼等の言葉に偽りはない。
「敵の動きが読めれば寡兵をもって大軍を破るのは難しくはない。特に広い空で敵の位置が把握出来るのは絶対優位であろう」
「防戦時も同様であります閣下。閣下の御決断が我が皇軍を無敵皇軍と称されるに相応しく致しますぞ……男爵閣下、もしお聞き届けいただけましたらこの功績が後に爵位が上がることになるのではありますまいか」
荒木は35年の冬に男爵に叙されたばかりだった。故に爵位が上がる可能性を示唆されるとなるとその心が揺れてしまう。何しろ普段から英雄将軍と呼ばれているだけあって彼の自尊心と虚栄心は割と高いところにある。それがさらに満たされるとなれば……。
「うむ……貴様らのいうこと尤もである。このワシにはヨォックわかっておる。便宜を図ることを約束しよう」
「さすがは未来の伯爵閣下でいらっしゃいます」
ニヤリと笑みを浮かべる技術者だったが、その後ろ手に組んだそこに他の技術者たちにわかるように親指が立てられていた。どうやら一番弁が立ち尚且つヨイショが上手い者を荒木に宛がっていた様だ。
「閣下、では、そろそろ準備が出来た頃ですので管制室へ……」
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