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この身は露と消えても……とある転生者たちの戦争準備《ノスタルジー》  作者: 有坂総一郎
皇紀2596年(1936年)

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香港会商

皇紀2596年(1936年)3月21日 大英帝国 香港


 35年の年末から断続的に行われてきた香港会商は文字通り「会議は踊る」であり語源になったウィーン会議同様一向に埒の明かない状態のままであった。


 香港会商参加国は支那大陸へ特殊権益を有する大日本帝国、大英帝国、フランス共和国、ポルトガル共和国、ドイツ国、イタリア王国、そしてアメリカ合衆国とソヴィエト連邦を除く列強全てが揃っている。


 彼等にとって共通の課題は支那大陸における安定した秩序構築であるが、彼等にとって重要な地域はそれぞれ別の地域であり思惑も異なっていた。


 大日本帝国は満州と北支と内蒙古を縄張りとし、大英帝国は香港とその接続地域である広東、そして満州事変の秘密協定による満州油田と北支油田である。フランス共和国は仏印との接続地域である広西への影響力確保が狙いであり、ドイツ国は山東半島の権益の再確保、イタリア王国は天津付近の鉱山経営をそれぞれ望んでいた。


 そしてこの会議の主催者であるアメリカ合衆国は南京の国民党政府を傀儡として支那大陸全てを自身のラストフロンティアと定義していたのである。だが、列強の影響力の強い満州や北支における介入の余地の少なさから最重要拠点を上海とし中支方面を地盤としている。


 見事にバラバラなそれぞれの都合であるため、会議は冒頭から話にならないと大英帝国は匙を投げてしまっていた。大英帝国にとって上海は国際社会の管理下にあるとは言えど不安定すぎるため重要視していなかったのだ。


セントラルチャイナ(中支)の安定と言うが、我々は上海だけ安定確保出来ておれば良い。確かに先年の共産党による虐殺まがいのそれは痛ましいと思うが、我々が介入出来るような地域ではない。それとも10個師団以上の兵力を注ぎ込んで無理矢理押さえつけるとでも言うのかね?」


 大英帝国全権団はそう言ってやっていられないと首を振る。


「我々としては国際監視団を組織して満蒙国境へ派遣し、日本とモンゴル、ひいてはソヴィエト連邦(ロシア)との軋轢を緩和することこそ重要と考える。国内を掌握しきれない蒋介石に肩入れなど出来るか」


 ただでも満蒙国境でいざこざが起きていて場合によっては北支の安定を損なう可能性がある以上、大英帝国にとっては金のなる木である油田権益の保護こそ優先であった。


「しかし、チャイナの安定は広大な市場を開拓することが出来、大きなビジネスチャンスになるのは語るまでもないでしょう。我々がその安定化に寄与すれば蒋介石も我々の特殊権益を無視出来まい」


 アメリカ合衆国全権団も食い下がる。なんとしても他の列強を巻き込んで支那秩序を安定化させたいという意思が見えるが、彼等の言い分はそれほど魅力的には見えないが故に他の全権団からも良い反応が出てこない。


「我が国の三色旗、自由博愛平等は国是と言っても良い標語であるが、なんにでも適用されるわけでもない。確かにその精神は尊ぶべきだろうが、それはお互いに価値観を共有出来る間柄である前提のモノだ」


 フランス共和国にとっては植民地化されている存在を対等に扱うつもりはないという公式見解と言っても良かった。そして、実質的に列強によって再び分割され実質的に植民地化されつつある支那大陸も同様であると認識している旨を表明した形である。


「大英帝国や大日本帝国が主導して大陸北部を安定確保するというのであれば、我々は大陸南部を国家の安全保障の観点から影響力を行使するだけである。無論、必要があれば上海には兵力を展開しても良いが、それは我が権益の影響下についてのみで、既に撤退している長江流域については無関係であると断言したい」


 かつての南京や上海での自国民への排斥迫害というそれからフランスは介入そのものを嫌っていた。尤も、そういう体裁で不安定なフランス本国事情を詮索されないように強気の態度を示しているだけであるが。


「大日本帝国は如何に考える」


 アメリカ全権団は苦渋の表情で日本全権団に話を振る。期待薄と言うよりは介入させたくないというのが適当であり、またアメリカ側の本音だった。


 満州事変において九ヶ国条約を無視して秘密裏に利益分配をして有耶無耶のうちに満州を手に入れ、満州と北支からアメリカ権益を閉め出し、自由貿易に限っての参入を認めるというそれをしたことを未だにアメリカ政府は根に持っている。


 尤も日本側からすれば散々譲歩した上で上前を跳ねられるような真似をされた意趣返しをしたに過ぎないのだが、それこそが日米摩擦の原因でもあった。それ故に双方とも支那大陸権益では譲れない関係になっているのだ。


「我が帝国は友邦との関係から満蒙と北支の安定こそ重要と考えており、中支については上海の確保さえ出来ておれば良いと考えております。無論、上海を窓口とする支那奥地への商取引は活発化してくれることを期待したいものではあります。また現状我が国策は中支を重視しておりませぬが、もし、貴国が責任を持って中支を平定してくれるというのであれば喜んで後方支援をするとだけ申しましょうか」


 後方支援という言葉だけで具体的に出兵するとも言わないが、協力姿勢を示すというそれだけはポーズとして行っている。尤も、そこにあるのはかつて大英帝国の策源地として佐世保や長崎を活用したそれを再現するといったニュアンスでしかない。


「あの時は我がロイヤルネイヴィーが長崎で世話になりましたな。アレのおかげで我らは気兼ねなく東シナ海で行動出来ましたからな、大変ありがたかった」


 外交儀礼と皮肉を込めてのそれであった。その時に大日本帝国は英海軍特需に沸いていたが、当然その分だけ大英帝国は出費を強いられていたのだ。


「困ったときはお互い様というのが我が帝国の一般的な考えですからな」


 満蒙で日本がしくじったらケツ持ちをしてくれと大英帝国に言外に圧力を掛けることを忘れない。ソ連を放置したら今度はお前にくれてやった権益が危ないぞという脅しである。


 大英帝国全権もそこはわかっているだけに葉巻に火をつけて一服して笑みを浮かべることで言質を与えなかった。しかし、共通の権益を守るために次の手を彼等も繰り出す必要はあった。


「今回の会議も意見の応酬で実りがありませんでしたな・・・・・・では、時間も時間ですからなまた明日以後に・・・・・・」


「待たれたい」


 ドイツ全権からの休会提案をアメリカ全権が制止する。ここで散会されては埒が明かない。なんとか一つでも合意事項を作りたかった。


「今回、日本側全権より我が合衆国(ステイツ)が動いたときに後方支援を行うという言葉を頂いたが、各国も同様であると確約を頂きたい。我々は深刻に憂慮しており、資本家や銀行家の利益を守る必要がある。故に最低でも列強各国の介入を公式に認めていただきたい」


 アメリカ全権団からの要求に各国全権団は顔を見合わせる。やがて各国とも首肯する。


「ありがたい」


「ただし、我々は合衆国が行動をすることを支持したわけではない。妨げないというだけであると認識されたい」


 大英帝国全権から釘を刺す形であったが、列強の黙認がこれで確保出来た。甚だ不満足であった結果ではあるが、3ヶ月も掛けて何も得ることが出来ないよりは遙かにマシであった。少なくともアメリカ全権団はそう思っていた。

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