Series96<6>
皇紀2595年 既存艦爆改修の顛末
帝国海軍は急降下爆撃に着目し31年から毎年のように試作機を開発し続けていた。六試特殊爆撃機、七試特殊爆撃機と開発は続き、八試特殊爆撃機において漸く満足が出来るモノに到達したのであった。
この八試特殊爆撃機の競作には航空廠の八試特爆D2Y1、中島飛行機の八試特爆1号D2N1、八試特爆2号D2N2、八試特爆3号D2N3、および愛知時計電機の八試特爆D1A1が応じ、その試作開発は各社ともに熱意を持って取り組むこととなったのだが、最終的には愛知の八試特爆D1A1がその性能を示したことで海軍側の審査に残ったのである。
愛知の機体は急降下時の強度が十分で操縦性、安定性に優れ、実用面でもこれまでの試作の中で海軍側が模索していた性能を十分に満たし、九四式艦上爆撃機として採用されることとなった。
だが、それだとてけして海軍の要求を満足させたわけではなかった。
というのも、愛知の機体はドイツ・ハインケル社の開発したHe66を輸入し、それを調査したことでHe66の問題点であった発動機性能に見切りをつけ、性能の安定した中島・寿発動機に換装することで馬力アップと航続距離延長させることを目論見、若干であるが軽量化を図ることで全般性能を高めていたのである。
海軍側としてもアメリカ発の新しい概念である急降下爆撃とその運用機体を最初から自前で揃えることが出来るとは思っていなかったが、それでも、戦闘機においては欧州列強と比べても遜色ない機体が開発されつつあることから欲が出ていることは分かってはいたが、それでもさらなる高みを目指したのであった。
そして愛知に九四式艦爆の性能向上と新型機設計研究を命じ、それに愛知は機体各所の再設計と発動機馬力強化によって応えたのである。
元々、九四式艦爆の採用直後である35年初春から愛知は発動機換装の可能性を検討し、中島を通じて適当な発動機がないか折衝を進めていた。軽量で大馬力などという都合が良いモノは中島においてさえも首を横に振るばかりで光発動機ではどうかと話が出てはいたが、当の中島も光について自信を持って薦めることはしなかった。
「光は確かに検討しているのですが、如何せん稼働率の点で難点がありまして、光と同じくらいの重さで馬力が出るモノが欲しいのです」
中島側は愛知側の言い分にムッとするところはあったが、自分たちも積極的に薦めているわけでもない為、聞き流すことにした。だが、いくつか思い当たる点があったことから愛知側にあくまで仲介する、参考程度のものだと前置きをしつつもある提案をしたのであった。
「心当たりがないでもないです。弊社と提携している英ブリストル社のペガサス、ペルセウスあたりならば仰っている諸元に近いモノだと思います。ですが、生憎弊社ではライセンス製造しておりませんので・・・・・・」
「うーむ・・・・・・御社が取り扱っていないモノを積むわけにはいきませんからなぁ」
「弊社に常駐しておりますブリストル社の顧問に話を通していくつか輸出して貰うことにしましょう。海軍側が納得するのであれば、弊社でもライセンスすることを検討してみましょう」
「左様ですか、ありがたい。是非お願いしたい」
中島側からの申し出を受けて、ブリストル社顧問を交えた上での話し合いが行われると愛知側は性能諸元の資料を持ち帰ることで社内検討したいとその場で返答が為された。
早速持ち帰った資料を基に仮設計を進め、光案、ペガサス案、ペルセウス案の三案が比較された。この時の比較検討の結果、ペガサス案、ペルセウス案は光案よりも遙かに優速であり、また燃費面でも優位に立つことが明らかになった。
「九四式艦爆に比べ50キロも速度性能が向上している。特にペルセウス搭載の場合、実燃費は九四式艦爆と大差ない。これなら1500キロ以上の航続性能を見込める。問題はスリーブバルブ式という本邦で見かけない方式だ。慣れるまで整備員が苦労するかも知れない」
「ペガサス案の場合、ジュピター由来の整備性の良さと整備員の熟練度がそのまま稼働率に好影響を与えそうだ。ペルセウスより若干の優速で多少航続性能が落ちるが、それでも1400キロ台は確保出来る。光より遙かに安定してこの性能なら海軍も満足だろう」
開発チームはそれぞれの特性を記し、甲乙つけがたい評価を下していた。光を搭載するよりもメリットが多いことから中島を通じての輸入打診を行うことが本決まりとなったのである。
「御社には悪いと思っているのだが、仲介の労をとってはもらえないだろうか・・・・・・」
「光よりも良い性能が出たのですね。それなら仕方がない。実は御社からの申し出があると考えてあの後、弊社の研究施設で用いていたペガサスとペルセウスを再整備して使えるようにしておいたのです」
「なんですと!?」
「試作機に積む程度の分量しかありませんが、予備部品を含めて・・・・・・これが目録です。こちらはいつでも発送出来るようにしてありますが、どうされますか?」
中島側からの申し出に嬉しい悲鳴が愛知側から出そうになる。
「しかし、本当に良いのですか、これ・・・・・・御社の研究資料でしょう?」
「今から発注しても届くのは年末に成りますよ? それなら今あるもので必要なデータを蓄積しておくべきです。いくらか性能が割り引かれるものになるかも知れませんが、それでも現物があるに越したことはないでしょう」
「確かに仰る通りですな。ありがたくお預かりします」
「返却不要です。社長には決裁をいただいておりますから、お役立て下さい。と言っても、部品もある分だけですから、それほどお役に立たないかも知れませんがね」
「いや、ありがたい限りです」
愛知側から握手を求められ中島側もそれに応じる。愛知としては現物を手配して貰うための交渉のはずだったが、まさかポンと手渡されるなど思ってもいなかっただけに小躍りしたくなる機分であったに違いない。
「無論、今後必要になる分は弊社が窓口になって手配しましょう。弊社常駐の顧問が早く商談を纏めろと言って来るくらいですから、それほどお待たせせずに手配出来ると思いますよ」
「感謝します」
「御礼は良いですよ、良い機体に仕上げていただければそれを我らは誇りに思いますからね」
「ええ、お任せ下さい」
お互いに晴れやかな気分での商談を終えると愛知側は俄然やる気に満ちたそれで名古屋へと引き上げていく。試作機の製造に取り掛かるという重大な使命が彼らにはあった。中島から引き渡された心臓たる発動機もまた鉄道省の貨物列車で名古屋へ向けて即日発送されたのである。
試製九四式艦上爆撃機改(D1A2a)
全備重量:2800kg
発動機:中島・光 750馬力
最高速度:310km
馬力荷重:3.84kg/馬力
翼面積:34.5㎡
翼面荷重:81.1kg/㎡
全長:9.4m
全幅:11.4m
航続距離:1350km
機銃:7.7mm×3
爆装1:250kg×1
爆装2:60kg×2
試製九四式艦上爆撃機改(D1A2b)
全備重量:2900kg
発動機:ブリストル・ペガサス 950馬力
最高速度:335km
馬力荷重:3.05kg/馬力
翼面積:34.5㎡
翼面荷重:84.1kg/㎡
全長:9.4m
全幅:11.4m
航続距離:1450km
機銃:7.7mm×3
爆装1:250kg×1
爆装2:60kg×2
試製九四式艦上爆撃機改(D1A2c)
全備重量:2800kg
発動機:ブリストル・ペルセウス 800馬力
最高速度:320km
馬力荷重:3.5kg/馬力
翼面積:34.5㎡
翼面荷重:81.1kg/㎡
全長:9.4m
全幅:11.4m
航続距離:1550km
機銃:7.7mm×3
爆装1:250kg×1
爆装2:60kg×2
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