Series96<5>
皇紀2595年 九試艦攻開発の顛末
史実における九六式艦攻と言えば海軍航空廠の設計したB4Yであるが、この世界ではこれに相当する機体は34年制式の九四式艦攻として採用されている。性能は同一であるため示さないが、一三式艦攻以来、満足が出来る機体を開発出来ずにいた海軍にとってこの九四式艦攻というのは川西航空機が開発した九四式水偵の主翼構造を転用するなど堅実な設計を行ったことで冒険が少なく、信頼出来る機体に仕上がっていた。
中島や三菱も競作としてそれぞれの試作機を提出していたが中島は航空廠の機体に性能で劣り、三菱は操作性の難点や機体剛性の問題があったことで選外となってしまったのである。
ここまでは史実と同じ流れだったが、採用年次が早まったこともあり、今では空母艦載機として量産が続き、ほぼ定数が揃っている状態だ。とは言っても、空母4隻分と土浦など地上部隊のそれであるため、総数で言えば250機程度の生産数である。
従来の艦上攻撃機と比べると性能面、運用面で大幅な向上が見られ、優秀な機体として評価出来るもので、同時期に採用されたフェアリー・ソードフィッシュに比べても優越するところが多く一流の機体であると言って良かった。だが、時代の流れは明らかに複葉機から全金属・単葉機・高速機へ歩みを進め、最高速度が時速300キロに満たない本機には活躍の場は限られることは明白であった。
「次期艦攻は単葉機、2000キロを超える航続性能、時速350キロを要求する。兵装は魚雷1本または800キロないし500爆弾1発、250キロ爆弾の場合2発の搭載を要求する。発動機は要求性能を鑑み、三菱金星また中島はハ5とする」
海軍当局からの要求は九試艦攻として各メーカーに通達され、三菱重工業及び中島飛行機がそれに応じた。
史実では中島光、三菱金星の指定であったが、光の不安定さや単列9気筒の限界を考えての中島ハ5への選定変更となっていた。これは素直に爆弾搭載などの重量を賄うことを考えてのもので至極当然といった感がある。なぜ、九試単戦で同じことが為されなかったのかむしろそちらの方が不思議であると言えた。
だが、メーカー側にとって条件緩和されていることは九試単戦みたいなレギュレーション違反をしなくても要求を達することが可能なだけに歓迎されたのである。
しかし、いざ設計を初めて見ると、両社ともに指定された寸法などを基準に設計すると概ね同じ方向性の機体設計が出来上がってしまったのだ。しかも、両方とも癖のない機体が仕上がり、甲乙つけがたい性能になっていたことで何れを斬り捨てるというのも両社の面子を傷つける結果を生みそうであった。
三菱のそれは九試単戦同様に固定脚装備で中島が引き込み脚装備と多少の違いはあったものの、性能そのものはほぼ同一の仕上がりを見せていた。
九試艦上攻撃機(B5M)
全備重量:4200kg
発動機:三菱金星 1100馬力
最高速度:390km
馬力荷重:3.81kg/馬力
翼面積:39.6㎡
翼面荷重:106kg/㎡
全長:10.3m
全幅:15.3m
全高:4.2m
航続距離:2350km
機銃:7.7mm×1
爆装1:航空魚雷×1
爆装2:800kg×1
爆装3:500kg×1
爆装4:250kg×2
爆装5:60kg×8
九試艦上攻撃機(B5N)
全備重量:4370kg
発動機:中島ハ5 950馬力
最高速度:380km
馬力荷重:4.6kg/馬力
翼面積:37.7㎡
翼面荷重:116kg/㎡
全長:10.3m
全幅:15.5m
全高:3.7m
航続距離:2100km
機銃:7.7mm×1
爆装1:航空魚雷×1
爆装2:800kg×1
爆装3:500kg×1
爆装4:250kg×2
爆装5:60kg×8
九試艦上攻撃機(B5N2)
全備重量:4400kg
発動機:中島ハ34-1 1250馬力
最高速度:420km
馬力荷重:3.5kg/馬力
翼面積:37.7㎡
翼面荷重:116.7kg/㎡
全長:10.3m
全幅:15.5m
全高:3.7m
航続距離:2100km
機銃:7.7mm×1
爆装1:航空魚雷×1
爆装2:800kg×1
爆装3:500kg×1
爆装4:250kg×2
爆装5:60kg×8
多少であるが、中島のB5Nが馬力分だけ不利を受けているが、後継発動機は1300馬力台までの拡張が目前であるため、 B5N2の予測数値も中島は提示していた。
逆に三菱側は金星の馬力増加仕様についての数値を提示しないでいた。これには三菱側の金星の供給不安が自社内であったためである。尤も、九試単戦が瑞星搭載になったため金星供給には余裕が生じているが、九試中攻にも金星を使用するため、もし採用するのであれば海軍側に金星発動機の生産について明確な方向性を示して欲しいと併記されている。
実際、中島側にしてみればハ5は現行モデルに過ぎず、本命は陸軍の審査が終わりつつあったハ34-11であった。海軍にしてみればハ5を指定したものの陸軍に頭を下げて使わせて貰うというそれであるため、本音を言えば金星採用が望ましいが、背に腹はかえられないと言った事情があったのである。当然、新型のハ34-1も陸軍から融通して貰う形になる故に苦悩がつきまとう。
中島にとっては海軍が陸軍に頭を下げて本来陸軍向けの爆撃機用発動機であるハ5やハ34を使ってくれるならそれで構わなかったし、三菱も機体製造は兎も角、発動機生産余力を考えて過剰な受注は控えたい意向もあった。
結局、旧来の思想であり過渡期的な機体であるためB5Mを単発陸上攻撃機として運用し、空母運用はB5Nを採用し、ハ34-1の審査終了後に発動機換装しB5N2へと回想することで妥協が図られた。
三菱側も一定の生産によって利益がもたらされることとなったが、余り嬉しくなかったのが正直なところであった。
「いや、たかがあの程度を受注しても軌道に乗った頃には生産ラインを止めないといけないんじゃ意味がない・・・・・・それなら九試単戦を増産してくれる方が余程マシだ」
メインの生産施設である名古屋航空機製作所にとっては疫病神扱いであったのだった。
一方陸軍側は発動機の共通化というそれによって不合理なそれを解消するというメリットをもたらしたのである。基本的に同じ発動機でありながら、海軍向けは地味に仕様が違い陸軍向けに転用出来ないという不合理をこの時点で解消することに成功したと言えるのだ。
「生産合理化! 陸軍だ海軍だと手前勝手な規格ではなく、ウチの規格で両方に供給出来る! これで無駄なく生産ラインを一貫化出来る。仕様書を二通り用意しなくて済む! 整備員を一括して育てることが出来る!」
中島知久平は海軍が陸軍に頭を下げてハ5を採用することになったことを聞いて社長室で跳びはねたという。
「散々好き勝手なことを言って引っかき回していたのだ。頭を下げて少しは謙虚になれば良いのだ」
有坂総一郎は中島からその話を聞いて思わずそう口にしたが、それを中島は豪快に笑い飛ばした。
「あぁ、そうだとも。分からず屋どもは一度その伸びきった鼻をへし折られたら良いのだ」
こうして九試艦攻は大きなうねりを持ってその慣例をぶち壊し、航空メーカーを巻き込んで一大変革を促すこととなった。
「B5Nを九六式艦上攻撃機11型として正式採用す。なお、B5Mを九六式陸上爆撃機として若干数を基地航空隊へと配備するに決す」
35年12月、九試艦攻は中島をメインメーカーとして正式採用が通達されたのであった。
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