Series96<2>
皇紀2595年 三菱新型機開発の顛末
堀越二郎技師が名古屋航空機製作所の設計室に籠もり鬼神の如き形相で九試単座戦闘機の改設計を進めている中、海軍側の審査は進んでいた。
三菱側としても度重なる落選によって是が非でも採用をもぎ取りたい故に中島のキ11改に一歩及ばずとも十分な性能を示していることをアピールして売り込みをかけていた。
上層部はすぐにでも採用量産と望んでいたが、その流れを食い止めるべく発動機の総責任者である深尾淳二が周旋を行い、自社利益を最大化するという名目で堀越をバックアップしていたのである。
「堀越君が九試単戦を更に能力向上させんと頑張っている中で、中島の手抜きに劣るそれを海軍に売り込むのは技術者の名折れ、名航の名誉を穢すものである。まして、貧弱な寿など最早時代遅れであることは明白、我らには金星や開発されたばかりの燃費が良い瑞星があるではないか、これを用いることで堀越君が泣く泣く妥協した部分をも改善出来るのは明白ではないか。我々名航発の発動機を売り込む好機を逃すおつもりか!」
深尾の言葉は説得力があった。
液冷発動機を捨て、空冷発動機一本で出直した三菱にとって、やっと太鼓判を押して売れる金星が量産軌道に乗ったというのに馬力は小さい、将来性もない9気筒発動機などに拘る理由はなかった。ましてライバル会社である中島飛行機製の発動機である。
「今暫く海軍を焦らして三菱の心意気を見せてやろうじゃないか」
深尾は上層部の量産化方針を見事撤回させると今度は堀越に発破を掛ける。根回ししたというのに一向に音沙汰のない堀越の様子が気掛かりであったことと得た猶予を無駄にさせないためであった。
「堀越君、上は丸め込んできたが、肝心の君はどうなんだ?」
図面に没頭していた堀越は顔を上げるとくいっと眼鏡をずり上げ笑みを浮かべる。そこにあったのはやり遂げたという表情であった。
「深尾さん、これで上層部も満足することでしょう。海軍をぎゃふんと言わせてやれますよ」
深尾もその言葉に笑みを浮かべると堀越の手を強く握った。堀越もそれに応じ謝意を述べると同時に安堵感からかそのまま突っ伏してしまう。仕方ないなと呟きながら傍らにあった毛布を堀越に掛けてやり、堀越が書き終えたばかりの図面を眺め見る。そこには随所に書き込まれた工夫や創意があり、深尾はこれに確信を抱いた。
「飛行機の設計は専門外だが、これは良い機体に仕上がりそうだ」
そう、そこには最高速度500キロを超えることが可能と記されていたからだ。
「中島のキ27と比べても遜色ない機体じゃないか。格闘性能はひょっとするとキ27を上回るのではないかな。これは海軍も度肝を抜くに違いないぞ」
深尾の呟きに眠っているはずの堀越の頬が緩む。
「深尾さん・・・・・・やりましたよ・・・・・・九試単戦は・・・・・・金星はこれだけの仕事をやってのけるんです・・・・・・」
寝ながら拳を振り上げ熱弁を振るう堀越に深尾は優しく頷くと肩を叩く。
「よくやった、あとは任せておけ」
男の約束は果たされなくては成らない。ここから先は鍵となる金星及び瑞星発動機をしっかり仕上げることが深尾ら発動機チームに課せられた役目だ。深尾も彼のチームもいい加減な仕事をしてやるつもりはない。
「お前さんの仕上げた九試単戦に最高の発動機を届けてやるよ」
その日から発動機チームは金星及び瑞星の調整、可能な限りのチューンが始まるのである。最高の仕事をした設計チームを助けるために、同じく最高の仕事が出来る発動機チームが張り切るのであった。
九試単座戦闘機(A5M)
全備重量:1373kg
発動機:中島寿 600馬力
最高速度:451km
馬力荷重:2.28kg/馬力
翼面積:17.8㎡
翼面荷重:77.1kg/㎡
全長:7.67m
全幅:11m
全高:3.27m
航続距離:800km+400km
九試単座戦闘機改(A5M2a)
全備重量:1740kg
発動機:三菱金星 1100馬力
最高速度:513km
馬力荷重:1.58kg/馬力
翼面積:17.8㎡
翼面荷重:97.8kg/㎡
全長:8.4m
全幅:11m
全高:3.27m
航続距離:800km+400km
九試単座戦闘機改(A5M2b)
全備重量:1720kg
発動機:三菱瑞星 1000馬力
最高速度:500km
馬力荷重:1.72kg/馬力
翼面積:17.8㎡
翼面荷重:96.7kg/㎡
全長:8.4m
全幅:11m
全高:3.27m
航続距離:800km+400km
九試単座戦闘機改(A5M2c)
全備重量:1810kg
発動機:ロールスロイス・マーリン 1100馬力
最高速度:510km
馬力荷重:1.64kg/馬力
翼面積:17.8㎡
翼面荷重:101kg/㎡
全長:8.8m
全幅:11m
全高:3.27m
航続距離:800km+400km
深尾は気付かなかったが、堀越は液冷発動機の可能性をも検証していたのであった。ドイツで暫定的であったが採用されたHe112を海軍が輸入し、その研究資料によって液冷発動機を搭載した高速戦闘機というそれを夢見たのである。
しかし、堀越はHe112に搭載されているJumo210発動機の将来性に疑問を持ち、ロールスロイスの新型発動機であるマーリンに注目し、あくまで研究資料として比較検討するために図面を引いていたのだが、そこには空力学的な検証もいくつか行われ、紡錘形に近づけるような意図や工夫がされていた。
「紡錘形・・・・・・我が理想、未だ形にならず・・・・・・ボクは・・・・・・紡錘形」
ミミズののたくったかのような字でそう記されていた設計図の話を人伝に有坂総一郎が耳にしたときに思わずこう言ったという。
「あの人は紡錘形に取り憑かれているんだな・・・・・・誰か止めないとまたやらかすぞ・・・・・・」
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