真相
皇紀2583年8月11日 帝都東京
時系列は帝都地震災害対策協議会第4回定例会のあった日に遡る。
文字通り会議が踊っていたこの日、定例会の後に東條英機少佐は士官学校における教え子のもとを訪ねた。彼の名を甘粕正彦という。東京憲兵隊に属する憲兵大尉である。
東條が甘粕を訪ねたのは旧交を温めるためでも、教え子に発破をかけるためでもなかった。
「甘粕、突然の来訪申し訳なく思う。貴様にしか頼めぬ話があるのだ」
東條は玄関に出迎えた甘粕に単刀直入に伝えた。
甘粕は恩師が突然訪ねてきたことに何かあるとは思ったが、まさか頼み事だとは思わなかったのだ。
「教官……いえ、少佐殿の頼みであれば、この甘粕、命に代えましても……」
「すまないが、文字通り、命懸けになる仕事をして欲しい。この通りだ……」
東條は玄関の土間に頭をこすりつけんばかりに伏して頼み込んだのである。
これに驚いた甘粕は慌てて東條に頭を上げるように逆にお願いする始末だった。
「少佐殿に頭を下げさせるなど……どうか、その様なことなさらないでください……この甘粕、少佐殿のために一命を賭すこと厭うことなどありませぬ」
「そうか、すまない……。甘粕、このことは内密に頼むぞ……」
「……はっ……」
甘粕は頷き東條の目をじっと見つめた。
「近いうちに大地震が起きる。必ずな……。その時、アカどもが必ず動く。先の赤狩りでかなりの数を掃討出来たが、未だ潜伏している者や表向きは転向した格好をしている者がいる……だが、そやつらも災害によって治安が乱れた時こそ好機と動き出す……」
「では、その際に動き出したネズミどもを退治するのですね?」
「そうだ。害獣を駆除するのが憲兵隊の仕事だ。だが、少し違う」
甘粕は東條の言葉が引っ掛かった。
「では、一体どうせよと?」
「内偵調査と監視は言うまでもない。放っておいても動き出すであろうが、奴らが動くように仕向けよ……そして、連中が会合すると警視庁と憲兵隊司令部へ匿名で垂れ込むのだ……あとはわかるな?」
「なるほど、出動命令が出させて一網打尽に……ということですね……ですが、場合によっては釈放されませんか?」
「構わん……要注意人物は処分しろ……」
甘粕は全てを理解した。東條は誘き出したアカを確実に抹殺せよと、そしてその罪を被れと言っているのだ。
「お国のため、御奉公致しましょう」
「すまない……甘粕……貴様の命預からせてもらう……出来る限り手は打つ……」
「この命、既に少佐殿に預けております」
東條の目には涙が浮かんでいた。
甘粕は東條のその姿を焼き付け、以後忘れることはなかった。
東條は史実では甘粕の独断による行動で起きた甘粕事件を、この世界においても発生させ、アカの残党を尽く根絶やしにするために犠牲となってもらうつもりで甘粕にそれを命じ、甘粕も東條の狙いを理解し、その身を捧げたのであった。




