モスクワ秋の陣
皇紀2595年10月5日 ソヴィエト連邦 モスクワ
満蒙戦線は未だ終焉を迎えることはなかった。
だが、それは戦闘が激化しているかと問われるとそうでもなく、実効支配している線でにらみ合いを続けると同時に欧州大戦の西部戦線と同じく延々と続く塹壕戦や縦深陣地が幾重にも張り巡らされ河川とその付近には地雷原が設置されお互いに手を出せない状態で膠着していた。
火力優勢ドクトリンで重火砲を中心に備えたことで鉄壁の防御陣を敷いた帝国陸軍はその代償として突進力が欠如し、その突進力たる戦車と装甲車など機動戦力は温存されたことで戦線後方の大興安嶺要塞、チチハル、天津、赤峰などに配置されていた。
また、爆撃機も数が揃わないことから戦闘機を中心に配備することで制空権の絶対確保を優先し、はるばる飛んで来た敵爆撃機をバタバタ叩き落とすことに終始していたのである。
逆にソ連赤軍も決め手に欠いていた。送られてくる戦車は雑多も良いところで速度は一定しないし装備品がバラバラで受け取った弾薬と合致しないために戦力として勘定出来ずこれ見よがしと偵察に来る帝国陸軍航空隊に存在を見せつけることで過大な戦力だと誤認させることくらいしか使い道がなかった。
歩兵戦力も補充はいくらでも出来るとは言っても、そこらじゅうが塹壕、縦深陣地、地雷原では身動きが取れず、結局は遊休戦力となっていた。ただし、満蒙戦線ではなく、オホーツク正面軍が受け持つシベリア鉄道沿線地域やモンゴル正面軍の受け持つ内蒙古戦線は比較的攻勢に出ることが可能であった。
しかし、ロシア人同士の戦争であるシベリア戦線はお互いに手の内が読めるだけに泥沼の消耗戦になっていると言うべきで、ベルトコンベア式に補給が続く限りはソ連赤軍が有利という状況だった。内蒙古戦線については無人の野を進むと形容しても良いほどの快進撃が可能だが、人民ゲリラの襲撃で補給が寸断されるために北支に攻め入るには至っていない。
負けてはいないが、勝つことも出来ないという状況だった。こんな状況が続き、ましてや政府同士が正式に戦争状態にあるわけでもないというグダグダさに大日本帝国政府はいい加減に手を打たなければ、国富を垂れ流すだけの無駄であると思っていただけになんとかしたいと考えてはいた。
しかし、ソヴィエト連邦もまた同様である。多少領土を掠め取ってやる、一発ガツンと殴って言うことを聞かせようと思っていたそれが、いつの間にか消耗戦になり、自国領土での戦争ではないため得意の焦土作戦も出来ず、かと言って敵地へ進むにも強力な要塞線や大火力の関東軍に行く手を阻まれる始末。挙げ句、実利を得るために支那方面に出向くも人民ゲリラの襲撃でズタボロにされることで身動き出来ないのである。
――このままでは引き下がれない。
ヨシフ・スターリンも新総理町田忠治も引き下がれなかった。引き下がれば政治生命の危機である。
そんな中、東郷茂徳がソ連駐在大使としてモスクワに赴任することとなる。史実では39年のノモンハン事件の頃、タフな交渉を続け、外交的勝利まであと一歩というところまでこぎ着けた外交官である。後に東條内閣の外務大臣として日米交渉を担うことになるが、ハルノートを突きつけられ絶望するが、自身の外交の結果と責任を果たすために辞任せずに開戦詔書に副署している。
「満蒙のことは一先ず置いて、我が帝国と貴国の間にある他の問題について話し合いましょう」
東郷は着任早々にソ連外務人民委員マクシム・リトヴィノフに問題の棚上げを提案した。
「仰ることは分かりますが、満蒙における問題こそ最大の懸案でありましょう。これの解決なくば他の問題には当たれない」
リトヴィノフは即答した。妥結出来る事項を後回しにするというそれではなく、日本側の出方を窺うためのブラフである。出方によってはいくらかの妥結をしても良いとは思ってはいるが、自分から頭を下げたり手札を見せたりするつもりはない。
「はぁ、そうですか。しかし、残念ですな。貴国が満蒙問題の棚上げをしてくれるのであれば、オホーツク海においていくつかの提案を出せると思っていたのですがね」
「ほぅ、聞くだけ聞きましょう」
「それは出来ない相談ですな。こちらも交渉のテーブルに着く相手でないと意味がありませんからな・・・・・・まぁ、今日は仕事の話はこのくらいにして親睦を深めるために我が公邸で宴席の用意をしております故、一緒に如何ですかな」
「残念ながら、今夜は生憎と同士書記長に呼ばれておりましてな、これでも忙しい身なのですよ」
心底残念そうな表情でリトヴィノフは謝意を示す。無論、外交的スルーである。東郷の魂胆は見抜いているが故にそういう態度に出ている。
「では、また明日にでも顔を出します故、先程申したことをご検討下さい」
東郷もさっと身を引くが翌日のアポイントメントを釘刺すのを忘れない。
「明日ですか・・・・・・うーむ・・・・・・やはり都合が合わないようだ、また後日にしてもらえるかね」
「お忙しいことですな。では、なるべく早い内にお会い出来るように願いますぞ」
食い下がるように見せつつも身を引く。しかし、東郷は満面の笑みを浮かべていた。
「私はいつでもリトヴィノフ閣下がお越しいただけるようにスケジュールを調整しておきます故、明日の朝一番でもお待ちしておりますぞ。では、今日はこれにて・・・・・・失礼」
東郷の底知れぬ笑みにリトヴィノフは眉を顰めるがその理由を知るのは翌朝のことであった。
「老朽日本船、操船不能で防波堤に衝突、マガダン航路封鎖」
オホーツク海で操業中の大型漁船(老朽貨物船改造)がカムチャツカ沖で設備の老朽化で操船不能となり、ウスチソポチノエの耐氷防波堤に衝突して沈没したのである。しかも、防波堤上の大灯台が倒壊して航路を塞ぎ、沈没した漁船もまた航路を塞ぐように転覆したのである。
まさに狙ったかのようなそれであった。だが、謀略の可能性を示す証拠はなく、また漁船の船員たちも普段からよく操船不能になっていつものように修理しようとしたが間に合わなかったと証言している為、事件性は薄いと判断せざるを得なかった。
「カリェーエツが列車強盗を働く、被害なし」
翌日にはシベリア鉄道の末端付近であるモゴチャにおいて正統ロシア帝国から食い詰めて逃げてきた朝鮮人の一団が列車強盗を働いたと報告が入った。また、大小の嫌がらせのような事故や事件が頻発したのである。
――これがあの笑みの正体か。やってくれるではないか。
リトヴィノフの読み通り、これはA機関が工作して行った嫌がらせであったが、そこには明確な日本側の攻撃というそれではないために糾弾など出来ない。しかし、それでも日本側が糸を引いていることを示す可能性は其処彼処にあった。
――交渉のテーブルに着かなければ本格的に航路封鎖や鉄道不通に追い込むつもりだな?
無論、そうそう簡単に嫌がらせであろうと受け入れるつもりはないが、その揺さぶりの意図することは”いつでもシベリア鉄道やマガダン航路を封鎖可能”というそれであるだけに嫌々でもテーブルに着かざるを得ない。
「おや、リトヴィノフ閣下、お忙しい中、お運びいただけるとは何か良い話でもございましたか?」
揉み手で出迎える東郷にイラッとしたリトヴィノフではあったがそこで交渉を蹴って帰るなど出来はしない。挑発してくれた代償を支払わせるまで帰るわけにはいかないのだ。
「なんの、先日、貴国の漁船が壊した防波堤の賠償についてお話があったのでね、暫くお時間をいただきたいが宜しいか?」
逃がしはしないぞとリトヴィノフの表情は語っていたが、東郷は飄々として受け流す。
「あの件は大変申し訳ないことでしたな。本国にも全船舶の検査を行う様にと連絡しましたから、その件については改めて賠償額や見舞金の適正な額が示せると思いますよ?」
「いや、そんな悠長なことは言っていられない。あの航路の重要性から考えても、直ちに日本側には誠意ある態度を見せていただきたいものですな」
東郷は内心で罠が上手く決まったとほくそ笑む。リトヴィノフも向こうの手の内に乗ってやるがただでは終わらせないと意気込む。
モスクワにおける外交戦はここからが第一歩、タフな交渉はこれからが始まりなのだ。最後に折れるのはどちらであるのか、それは今の時点では誰も分からなかった。
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