総一郎の憂鬱
皇紀2595年9月3日 帝都東京 有坂コンツェルン本社
「なんだって? 聞き違いではないのか?」
新橋の社屋の最上階にある執務室に有坂総一郎の叫び声が響き渡る。相手は突然の大声に耳を押さえて目をチカチカさせながらも続ける。
「だから、さっき伝えた通り、ジョン・ガーランドという銃砲技師がイタリア・ベレッタ社に引き抜かれたらしい。アル・カポネ・ルートからの信頼出来る情報だ」
「良くそんな情報つかめたな・・・・・・」
「蛇の道はヘビって奴さ。それで、どうする? イタリアに工作員を送るか?」
外行きの格好をしてビジネスマンスタイルの元憲兵にして工作機関を率いる甘粕正彦は総一郎に判断を委ねる。甘粕の中では優先度は低い案件に思えているが、カポネが態々Aランクをつけて送ってきた情報だけに元上司の東條英機中将と総一郎には伝えて判断を聞こうと考えたのである。
「正直、判断に迷う」
「まぁ、所詮は銃砲技師だからな。奴そのものが戦局を左右することはないし、国体をひっくり返すようなモノではないだろうさ」
「いや、違うんだよ。イタリアが彼を得たことで、陸軍の装備にどう影響が出るかが判断に迷うということ」
「どういうことだ?」
甘粕は頭をひねる。どうも総一郎の言わんとするところが伝わらないようだ。
「ガーランド技師は合衆国初の量産型自動小銃を開発しているのだよ・・・・・・まだ合衆国陸軍は量産を始めていないらしいけれども、その開発を指導した人物がイタリアに渡ったことでその自動小銃を労せずイタリア陸軍は手に入れることになる・・・・・・のだが・・・・・・」
「自動小銃というと我が軍でもやっと全軍に行き渡り始めたアレか?」
そこでやっと甘粕も理解が追いついたようだ。
「あぁ、そうだよ。我が帝国でも全力で配備を進めている八七式自動小銃と同じ系統のモノだよ。あれがどれだけ兵站に影響を与えるのか、元陸軍の貴方なら分かるはず。生産能力を倍増倍増と準戦時体制同然に増やしている中でも生産が追いつかないのに、我が帝国以上に国力の厚みがないイタリアがそんなモノを持っても使いこなせないだろうし、逆に兵站が崩壊するだけ・・・・・・だと思うのだが・・・・・・」
甘粕も総一郎の言わんとするところは理解出来た。シベリア出兵以来、兵站が隔世の感があると言われるほど負担が増えていただけにそれを考えると背筋がゾッとする。特にA機関の諜報活動でアビシニア侵攻が間近であると把握しているだけに総一郎の懸念はよく分かったのだ。
「だが、ここのところイタリア国内では”光は東方から来たる”を合い言葉に生産力の増強をしていると聞いているし、実際に高速鉄道の一部路線は開業して北イタリアは景気が浮揚しつつあるというが・・・・・・」
「それで賄えるなら良いけれど、今、陸軍工廠はフル操業して弾薬を、富士重工業や東京瓦斯電気などもトラック生産を24時間態勢、それでも満蒙戦線を支えるのが精一杯であるのですがね」
総一郎の脳裏にはベレッタ社がM1ガーランドをライセンスした上で改良設計して生産したBM59が浮かんでいた。
――あんなものを今のイタリアが、大ローマ復興を掲げるムッソリーニが手にしたらどんなことになるか、火を見るより明らかだ。気違いに刃物ではないが、革命や理想に燃える奴に銃など与えては碌なことにならない。
新たな火種が欧州で燻りだしたことを感じずにはいられなかった。
「まさかいくら何でもそこまで短絡的な思考をして火遊びに走ることはないだろう」
甘粕は常識的な反応を示した。開発が上手くいったところで数年先の生産配備である以上はすぐに何かし始めることはない。当面は今の装備と+αでなんとかするだろうからそこまでの作戦能力はないと割り切っていたのだ。
――そらぁ、転生の知識がない甘粕さんにはそう思えるだろうね。だけれど、あの国は・・・・・・勢いで何か始めることがあるから手に負えないんだよ。
総一郎は頭を抱えたくなっていた。
史実でイタリアはドイツが制止するのも聞かず、ギリシア侵攻を始める、北アフリカで行動開始する、フランスに攻め入るとこれでもかとやらかしている。しかも、どれもこれも時期や準備を無視しての行動と言って良いだろう。あるのは――バスに乗り遅れるな、今ならイケる――これである。
「悪いけれど、イタリアに工作員を・・・・・・対英対独が多少手薄になっても良いからイタリアの動きを観察して欲しい。今はまだイタリアには地中海でやらかされると困るから・・・・・・」
「あぁ、そうかい? まぁ、東條閣下にも諮ってみてからだが、それでも構わないか?」
「それで頼む・・・・・・有坂コンツェルンからも駐在員を増やす様にするから・・・・・・」
甘粕は頷くと執務室を辞去するが、残された総一郎はこの世の終わりと言わんばかりの表情だった。
「あぁ、なんてこった・・・・・・絶対にあの人がやらかすよ、これは・・・・・・」
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