とある技師の失業と転職
皇紀2595年7月31日 アメリカ合衆国 マサチューセッツ州スプリングフィールド
ジョン・ガーランド、この名を聞いてピンと来る人間はお目が高い。史実世界において世界初の主力半自動小銃であるM1ガーランドを開発した人物である。
彼はアメリカ国家お抱えの銃砲技師としてスプリングフィールド造兵廠に勤務し、M1ガーランドを開発し、34年に特許を取り、36年からの量産化でアメリカ合衆国が第二次世界大戦、そして戦後世界において大きく貢献することになるのだが、さて、この世界ではどうだろうか?
「ガーランド、おはよう、君に大事な知らせがある」
「廠長? 一体何事でしょうか?」
「まぁ、ここではなんだ、後で私の執務室まで来て欲しい」
出勤直後の彼を出迎えたのは上司である廠長であった。だが、彼はガーランドに声を掛けるとそのまますぐに踵を返して自分の執務室まで戻ってしまった。
――全く、何用であったのだろうか?
普段は部下に自分から声を掛けることは余程のことがない限りしない物静かな男であるだけに不可解であった。また、その表情は困ったというか驚いたというか、そういう類いの微妙なモノであったが、同時に申し訳ないというそれもあったように見える。
ガーランドは身支度を済ませると不可解な態度の上司をすぐに訪ねることにしたが、ガーランドもどんな表情をして良いのか分からず同じように戸惑いの表情を見せていた。
「ガーランドです、入ります」
「・・・・・・あぁ、構わん」
やや間があっての返事であった。
「まぁ、掛け給え。そうだコーヒーを飲むかね?」
「・・・・・・いただきます」
無言で頷き自らコーヒーを淹れる上司に不可解さが深まった。暫くしてコーヒーセットを応接セットへ持ってきた工廠長から自分の分を受け取るとガーランドは自分から踏み込んだ。
「廠長、今朝はどうしたのですか?」
「・・・・・・あぁ、それがだな・・・・・・」
言い淀む廠長にガーランドは若干苛つきを感じる。だが、辛抱して言葉を待つ。言いにくいと言うことはそれだけ大事なことなのだろう。
「実はだな・・・・・・M1なのだが、採用はされているのだが、量産は見送りとなった・・・・・・すまない」
「一体何故ですか?」
「予算の都合・・・・・・あの超重爆に予算を取られたのだ。既存のM1903で歩兵用の小銃は十分であると陸軍側が折れたそうだ。財務省が認めぬと言ってきた」
悔しそうに廠長はそう言うと押し黙ってしまった。元々寡黙な人物であるだけに、その悔しさと無念さが表情だけで痛いほど伝わってくる。言葉以上にその表情が物語っている。
廠長の表情を見てガーランドは自分が呼ばれた理由を悟った。これを廠長に言わせるのは酷であり自分から言って工廠長を楽にしてやるべきだとガーランドは思った。
「お抱え技師の私も同時に不要という結論が出たのですね?」
廠長は否定をしなかった。同時に肯定もしなかった。自分たちはガーランドを必要としているのにそういう結果になったのを認めたくないからだ。
「ガーランド、私は・・・・・・」
「大丈夫です。廠長、私はこの腕一本で食っていけますから・・・・・・貴方や他の仲間たちに迷惑を掛けることは出来ません。お気遣いは無用です」
引き留めたくても出来ない廠長にガーランドは首を振って大丈夫と言って退室した。ガーランドは自分のデスクに戻り身支度をすると付き合いのあった者たちに挨拶をしてその日のうちにスプリングフィールド造兵廠を辞した。
「あーあ、裸一貫、また出直しになったか」
年金と退職金は割り増しで貰えることになっていたが、特許料が入るわけでもなく、一定期間が経てばその蓄えも潰えることは分かっているだけにどうしたものかと途方に暮れる彼にイタリア・ベレッタ社からオファーが来たのである。
「前途有望な貴君を我が社は歓迎する、偉大な統領も貴君がイタリアで活躍することを希望している」
――イタリアか・・・・・・まぁ、待遇は・・・・・・いや、これどうなんだ? マジで言ってんの?
首を傾げるようなそれであった。3食昼寝付、6時間労働、長期バカンス付・・・・・・。
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