鉄道省
皇紀2595年5月13日 帝都東京 鉄道省
鉄道省内において一つのプロジェクトが水面下で進行しているが、それは省内の最高幹部クラスの間でのみ共有されているもので一般職員は誰も知らないものであった。
列島改造計画、弾丸列車構想と国土再開発のリーダーシップを取ってきた鉄道省は、今や大蔵省などと同格、もしくはそれを上回る”省の中の省”を自負し、その縄張りを拡張せんと日夜暗躍しているのである。
34年に鉄道次官に就任した喜安健次郎は鉄道監察官、大臣官房法規課長、監督局長を歴任していたが、名古屋鉄道局長、東京鉄道局長、運輸局長と現場上がりであった前任者である久保田敬一との比較されることもあり、鉄道省の縄張り拡張に最も積極的であった。
前鉄道大臣八田嘉明と組んでの”大鉄道省”構想は三土内閣総辞職の煽りを受けて停滞することとなったのだが、町田内閣成立で初入閣した中島知久平が前任の八田よりも強力に列島改造計画、弾丸列車構想を推し進めることを宣言したことから中島に接近し始めたのである。
「大臣、先の演説に我ら鉄道省は一丸になってご奉公することでしょう」
喜安の言葉に中島は軽く頷くと運輸の重要性を語り始めた。
「次官、君にはこれから今まで以上に働いて貰うことになる。現場も本省もない。君の言った通り一丸になって御国にご奉公して貰う。海運が隆盛する昨今だが、何れ我が帝国は陸海運輸体制を一元化して一つの官庁が監督していかねば無駄が大きくなる。運輸監督行政が鉄道省、内務省、逓信省と分かれておるのでは一元的な監督など出来ぬと思わんか?」
喜安は目を見開き中島を見る。目の前の新任の大臣は自分と同じ結論に至っており更に先を見通していると感心したのであるが、中島は更に続けて語る。
「まずは各地域を鉄道管理局に分割し、本省を補佐する体制に移管する。各管理局が地域輸送を掌握し、運行の適正化を図り、本省は長距離列車や貨物輸送を掌握し列島全体への物流という名の血の巡りを効率化するのだ。これで人員の整理も行うことで外地への人員派遣も可能となる」
「しかし、それは大がかりな機構改革になりますし人員整理となれば反発が大きくなります」
「次官、私は整理と言っただけで減らせと言ったわけではない。それで人が減るならそれはそれで結構だが、人を減らすことが目的ではない。適正化すれば要不要が出てくるということだ。そして余った人員は別の事業に振り分ければ良い」
「それが弾丸列車や列島改造ですか」
「まぁ、そうなるな。だが、これは好機でもある。各鉄道管理局が独立採算になることで私鉄のように沿線開発や列車の増便などの裁量権を得ることになれば、地方の発展にも繋がる」
喜安は中島の言うことに頷いたが、いくつかの疑問点が浮かび、それを口にせずにいられなかった。
「大臣、お言葉尤もと考えますが、些か腑に落ちぬ点があります」
「なんだ? 言ってみると良い。私の考えにも抜けや見込み違いくらいはある。君らの方が本職だから間違いを指摘することや経験論も語れるだろう」
「はぁ。左様ですね。では・・・・・・各鉄道管理局の裁量が大きくなることは大変結構なのですが、管理局の境界地域の列車運行が極端に減少しませんか? そうですな・・・・・・例えば、名古屋局と大阪局が置かれたとして、その境界は米原-関ヶ原付近となるでしょうが、その地域の列車密度が著しく低下することになるのではないかと・・・・・・他管理局との境界を越えての運行など手続き上の面倒が多いですから・・・・・・」
喜安は例に出したような地域がいくつか発生するであろうことが容易に想定出来た。実際に彼の予想は史実世界でも発生していた。東海道本線の熱海-函南、醒ヶ井-米原などがその最たる例と言えるだろう。実際にこの区間は列車密度が低く乗り通すときに難所となっている。
「鉄道管理局の都合で人口が少ない境界地域が鉄道に見放された土地にされてしまう恐れがあり私としては見過ごせないと考えますが、大臣は如何お考えか」
空気輸送同然の地域に必要以上に列車を運転しないことは道理に適っているのは間違いないが、だからと言って斬り捨てて良いものではない。道路事情がいくらか改善されているとは言っても、地方によっては唯一の交通手段といえる地域だってある。特に北海道、東北、北陸、信越などは大雪で道路が封鎖されてしまうだけに文字通りの生命線である。鉄道マンとしてそれは絶対に認めるわけにはいかないのだ。
「あぁ、君の言うことは尤もだ。だからこそ、長距離列車の運行は本省の管轄下に置くべきだと思う。利益が出ずとも特別急行や急行の運行による利益で補填すれば良いのだからな」
中島は優等列車と長距離普通列車を本省直営にして各鉄道管理局には権限委譲させないついもりであると明言した。これはダイヤ組成上、本省の掌握する列車を優先的にスジを引き、空いた時間に各鉄道管理局の列車を運行させるという方式であった。いわゆる汽車ダイヤ方式だ。
「しかし、それでは各鉄道管理局のダイヤ組成の自由度を奪うことになりますが・・・・・・」
「線路が単線複線であればそうなるだろうな。だが、都市部であれば複々線などにすれば本省列車優先の線路と各鉄道管理局の線路と分けることが出来る。あとはスジ屋の仕事であろう」
喜安はこの時、中島が何を言っているかようやく理解出来た。中島の列島改造計画は都市部における輸送力の改善で高頻度等間隔運転による利便性の確保で需要を喚起して利益を上げようというものであると・・・・・・。
「ははぁ、見えましたぞ、大臣。中近距離輸送の強化が各鉄道管理局の役回りなのですな」
「まぁ、それだけではないがな」
「しかし、それでは鉄道事業よりも不動産開発が主軸になりませんかね」
大都市と近郊を高頻度等間隔運行することで運賃収入の機会を増やすと同時にニュータウン開発による不動産収入を得るというそれに喜安は微妙な表情を浮かべることになる。
「生粋の鉄道屋の君たちにとっては私鉄の真似事に見えるだろうがね」
「しかし、各鉄道管理局が安定収益と実績を得るとしたらそれが正解でしょう。それは自ずと明らかになるわけですから・・・・・・仕方のないことですな」
「鉄道省の力をつけるためには必要なことなのだよ・・・・・・あとは郵便局の敷地を鉄道駅隣接にして土地と建物を貸与してやるのだ。これは永続的に郵便輸送を確保するための撒き餌になる。特に中央郵便局と主要駅の地下には東京駅と東京中央郵便局同様に軌道線を構築して迅速な郵便物受け渡しを可能にしておく様に大改造を行う」
中島の語るそれに喜安は驚きの余り言葉を失った。
「どうした? 鉄道省が陸海運輸を一手に担うには逓信省を吞み込むくらいはやらねばならん。そのための撒き餌程度だぞ、これは」
「大臣、前大臣から何か聞いておいでで?」
「八田君が何かしていたのか?」
「大鉄道省構想とも言うべきモノですが、ご存じないのに目指すべきそれを言い当てられて驚いていたのです・・・・・・大臣、貴方はやはり大物のようだ。ついて参りましょうぞ」
喜安は一礼すると笑みを浮かべていた。中島もそれを見ると黙って手を差し出し、強く握りしめ合った。
クリエイター支援サイト Ci-en
有坂総一郎支援サイト作りました。
https://ci-en.dlsite.com/creator/10425
ご支援、お願いします。
明日も葵の風が吹く ~大江戸デベロッパー物語~
https://ncode.syosetu.com/n1452hc/
こちらもよろしく。




