総選挙
皇紀2595年4月下旬 大日本帝国 選挙情勢
三土内閣が不本意な形で政権を投げ出すことになったは、総理である三土忠造も含めて閣僚全員にとっては屈辱ではあったが、中央政界のガス抜きには丁度良い格好となった。
隠遁状態であった幣原喜重郎男爵を三菱財閥、渋沢財閥の財界団体、貴族院勢力は担ぎ上げて亡き加藤高明や幣原など結びつきが強い代議士を中心に大政進歩党が結成されると、与党である立憲大政会や政友本党などから幾人かが引き抜かれここに合流することになった。
与党立憲大政会においては新総裁候補である久原房之助、中島知久平、松野鶴平らが総裁選レースの前哨戦として自派の拡大を狙い、前職新人問わず候補者を引き込むべく水面下における工作を進めていた。そこには久原の母体である久原財閥を後継する日産コンツェルン、中島の中島飛行機からの豊富な資金が流れ、また松野は”寝技師ズル平”の名に相応しい裏工作を繰り広げていた。
実弾と閣僚/党重役ポストが飛び交い党人らはその利権にありつこうと少しでも良い条件を引き出さんと工作し続ける。
野党勢力は政友本党を中心に再編の動きを見せ、自由党を結成し合同しつつあった。自由党に結集した面々は鳩山一郎、河野一郎、犬養毅などであった。集いし彼らの政治信条は一致など殆どなく選挙組合といった様相であった。ただ、長く続く立憲大政会による政権運営への批判と梯子を外された代議士たちが集まった烏合の衆と言うべき存在ではあったが、やはり鳩山一派はその知名力と資金力で派閥を率い他の有象無象を圧倒していた。
だが、その鳩山は前年に起きた帝人事件において議員辞職していた。
本人的には暫くは隠遁しないといけないと考えていたところに降って湧いた総選挙であり、ここぞとばかりにその資金力を活かして議員復活を果たそうとやる気になっていたのだ。
彼の側近の河野もまた当選1回目の一年生議員であったが、党人政治家として犬養や鳩山の薫陶を受け、また党人同士の抗争や演説会では鳩山の用心棒的な役割を担っていたこともあり鳩山に重用されていた。そのため鳩山からの資金を得て選挙戦を優位に戦うことが出来ていた。
選挙戦そのものは概ね全国で立憲大政会が優位に推移したと言えるだろう。
北海道、東北など地方選挙区は歴代政権によって産業の創出、インフラ整備などで成長が著しいこともあり変化を望まず、また地元政財界も既存の枠組みからの変化を嫌ったこともあり軒並み立憲大政会が押さえていた。
帝都東京や大阪、京都など都市部選挙区では、大財閥連合の代理人である幣原派が善戦し、欧米協調による自由貿易推進と平和外交を望む結果となり多くの選挙区で優勢に立っている。
自由党及び無所属候補は各地で苦戦を強いられつつも鳩山一派は資金力にものを言わせて勝ちを拾っている。これによって泡沫候補や無産政党はことごとくは葬られていくことになった。
ある意味では大正以来のデモクラシーにNOを突きつけた格好となり、利益誘導型政治が強化されることとなった。地方選挙区出身代議士は如何に地元へ利権を誘導出来るか、それを選挙区民に求められることとなり、与党勢力の基盤を強化することとなったのだ。
「あぁ、またやり過ぎた・・・・・・」
有坂総一郎は自邸の書斎で号外に目を通しつつ独りごちる。
彼の入れ知恵と根回しで大正期の時点で衆愚政治の原因となる普通選挙の道を閉ざしていたが、これは政界や財界にとっても利益であったため帝国議会でもすんなりと受け入れられたが、結果として任期内にどれだけ利益誘導が出来るか、これが地方選挙区における代議士の役割と成果になってしまったのだ。
確かに代議士の質は上がったのは間違いない。無能かつ不勉強で批判するだけの存在が減り、地元のために奉仕するというそれは達成出来ていた。
しかし、代わりに国政や外交という視点では疑問符が残る結果となったのだ。
「史実の我田引鉄の上位互換になっただけじゃないか・・・・・・いや、マシなのは確かだけれど」
いや、そもそも田舎選出の代議士に世界情勢を理解して世界戦略を語れという方が無理難題なのかも知れない。彼らにとっての世界は、地元選挙区と帝国議会とその周辺でしかない。
実際にこの選挙で選出された代議士でも世界戦略への展望やそれに合わせた国策などを語れる存在はそう多くはない。実際に、閣僚になっている人物でも自らが所管する省内の把握ですら覚束無いために次官などに丸投げしている者も多い。
逆に次官を務める官僚などはそれを逆手に省益を追求するために国策や世界戦略へ口を出す始末である。その最たる例が次期商工次官の呼び声高い岸信介商工省工務局長である。また、その上司である元次官にして東北興業総裁の吉野信二であった。
岸は自身の同僚にして同志である革新官僚たちを動かし、政界とのつながりも活用し、吉野を商工大臣へつけようと画策し、新内閣においては立憲大政会の各派閥においても水面下で内諾を得ていたのだ。
また、同様に満州総督府において辣腕を振るう星野直樹財務部長も大蔵省から出向された実権を握る人物の一人である。彼の部下や元部下には大蔵省主計局長の賀屋興宣、理財局長の青木一男などがいる。彼らもまた実権を握り国策に影響力を与える存在であった。
「背後の革新官僚、実務官僚たちが結局は国策を左右するってことになるのか・・・・・・」
有坂邸謀議などで親交のある中島から総一郎は新内閣の構想について知らされているが、その次官職に内定している人物のそれを見る限り歴史は繰り返していることを悟るほかなかった。
「選挙制度ではなく、この国の政治権力構造、政治というモノの本質はやはり親方日の丸ってことなんだろうな・・・・・・所詮は議会政治など近代国家を擬装するそれでしかないのか」
庭の池を泳ぐ錦鯉を眺めつつ総一郎は呟く。ゆらりゆらりと優雅に泳ぐ様を見つめてはいるが総一郎の瞳には錦鯉は映っていない。
「どうしたのかしら? 選挙の結果は上々で何の心配も要らないのに難しい表情をしていますわね」
襖を開けて入ってきた有坂結奈は微妙な表情を浮かべる総一郎にそう尋ねるが、おおよその察しはついていた。
「あぁ、結局この国の政治ってのは近代国家という看板で擬装した江戸幕府のままだってことだよ・・・・・・今回の選挙でよく分かった」
「そういうことね。でも、幕府機構がしっかりしている間は問題ないってことじゃないのかしら?」
結奈の言葉は一つの真実を示していた。
「まぁ、そうだね。史実でも官僚上がりが政治をした方が余程上手くいっていたわけだしね・・・・・・その官僚上がりの総理大臣の最たる例は今、大坂玉造税務署で復活の道を進んでいるそうだしね」
「あなたが政治家ではなく、実業家や官僚の方々に接近したのは最初からそう分かっていたからじゃなかったのかしら?」
何を今更といった様子の結奈に総一郎は苦い笑み浮かべつつ頷く。確かにそうなのだ。今更のことなのだ。
「というわけで、その官僚が上手く動いてくれるように海外情勢を仕入れなどお膳立てをしないといかん」
「ええ、そうね。それで、また赤字を垂れ流すワケね・・・・・・笑えるわ」
「・・・・・・」
結奈の瞳は笑っていなかった。
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