戦車と野望と欲望と
皇紀2595年3月26日 ドイツ=ヴァイマール共和国
クルップ社が独自で始めた列車砲の自走砲化は思わぬ形でドイツの装甲車両へ急速な技術発展をもたらすこととなった。
転輪配置において挟み込み転輪・千鳥足転輪の採用によって高速化と不整地走行性能の両立が実現したのである。
これに目をつけたのが韋駄天ハインツの異名で知られるハインツ・グーデリアンであった。彼は35年に入ると再軍備とともに新設された装甲師団の師団長に着任したが、その実態は農耕トラクターやブルドーザーなどといった無限軌道がついた何かの寄せ集めの訓練場といったそれだった。
だが、グーデリアンはそれに文句や不満を漏らすことなく麾下の兵たちに毎日繰り返して訓練を課し異なった装備でありつつも整然とした行軍が可能になるように徹底させていた。その成果はわずか1ヶ月で着実に現れてきた。
「よーし、いいぞ。諸君、諸君らはこんな雑多なポンコツでも整然とした行軍が出来るようになった。これは誇っても良い。機甲戦術は電撃的な侵攻と戦力の集中である。その両輪を支える一つである戦力の集中を諸君らは会得した。今、私は諸君らに雑多なポンコツしか与えることは出来ないが、クルップ社が電撃戦に相応しい戦車の足回りを開発したことで諸君らには近いうちに相応しい車両を与えることが出来ると考えている。そう、その時こそ我が装甲師団における真の誕生の刻だと心得よ」
ある意味ではハッタリであった。だが、ハッタリであっても士気低下の原因である雑多な車両が置き換わるという話は未来への展望を抱かせることとなる。兵士もそううまい話はないと思ってはいるが、望みが少しでも出てくるならそれに向けて訓練を続ける意味を見いだせる。
グーデリアン自身も無根拠にそう言ったわけではないが、訓練の成果とは別に士気低下を防ぐにはそれしかないと思っていた部分はあり、クルップ社の成果をダシに士気を鼓舞出来たらと思っていたが、クルップ社の新型転輪の話は師団中に知れ渡っていたらしくそれなりに効果があったようである。
「クルップの話は本当だったんだな」
「NbFzが失敗したというが、快速戦車が出来そうだって聞いたぞ」
三々五々、口々にそんな話が聞こえてきたところを視るにグーデリアンは幾分かはほっとしていた。
「諸君らがクルップ社の動向に目を光らせていることは非常に良いことだと私は思うが、新型と言うことは整備の仕方に工夫や配備して初めて分かる問題も出てくるということになる。これまで以上に整備や点検の重要性が増すと理解せよ」
訓示を終えるとすぐさまグーデリアンは陸軍兵器局へ出向いた。彼の仕事はここからである。
「MAN社が請け負っているⅡ号戦車の車体だが、クルップ社のものに差し替えられないか? 君も聞いているだろう。挟み込み転輪の件を・・・・・・アレを用いることが出来れば最高速度60kmにまで引き上げられそうだと技術部の連中にお墨付きを貰っている・・・・・・どうだ?」
グーデリアンが執務机腰に交渉をしている相手はクルト・リーゼ少将、陸軍兵器局の局長である。ドイツ国防軍の兵器開発・製造・補給の大元締めたる男だ。当然戦車開発の最終決定者でもある。
「ハインツ、君のところから早く戦車を寄越せと幾度も催促が来ているのは知っているのだが、今やっているのは催促ではなく越権行為と言う奴だ。君もよく分かっているだろう。いくら君が首相の覚えめでたいとは言っても、そんなことされてはこっちも迷惑なんだ」
リーゼの言うことは道理が通っていた。だが、それで引き下がるグーデリアンではなかった。
「そう言うと思ったよ、だがな、こっちは本気で交渉しているんだ。それも私情ではなく国家のためにな・・・・・・これを見てくれ。それでも、お役所仕事で罷り成らんと言うのであれば、クルト、君を国家へ不当な損害を与えたとして国家反逆として訴えねばならん」
「貴様、言うに事欠いて・・・・・・」
「良いから読んでくれ・・・・・・オレへの批判などは後で聞く」
不承不承ながらもリーゼはグーデリアンから渡された分厚い書類を読んでいく。適当にめくっていたリーゼは途中から目の色を変えて冒頭から読み直し、引き出しから手帳を取り出すと必要事項を書き取っていく、そして、グーデリアンを無視して受話器を取ると交換台に開発試験部、技術部、工業生産部にそれぞれ繋がせると早口で指示を出していく。
「ハインツ、すぐには答えを出すことは出来ん。それはこれを提出した貴様がよく知っているな?」
「あぁ、そうだとも、オレの言いたいことは伝わったようだな」
「だが、検証してみないことには否も応もない」
「うちの整備兵も必要なら貸し出すが要るか?」
「整備兵だけでなく、クルップ社からも招聘しないといかんだろうな・・・・・・ハインツ、貴様とんでもないことを仕掛けているという自覚はあるのか?」
「なんのことだ? オレは戦車の運用の研究をしてそれに沿った提案と改善を求めただけだ」
「そういうことにしておいてやろう・・・・・・後日知らせることになるだろうが、貴様の目論見通りになるだろうな」
グーデリアンはリーゼに敬礼をして退出するがそれは酷く軽薄なものに見えた。彼のねじ込みが成功することを確信してのものだけに白々しくリーゼには思えてならなかった。
だが、リーゼにとってはこのグーデリアン文書が神の導きに等しく見えていた。無難に兵器局長という任を勤め上げ、退任する頃には上級大将になれるだろうと思っていたが、この文書にある通り問題点を改善すれば騎士鉄十字勲章もの、場合によっては柏葉や剣付にすら相当する功績になるだろう。
「兵器局長で退役すると思っていたが、これはツキが巡ってきた」
己の野望に目の色が変わったリーゼの元に呼び出した各関係者とそれらが持ち込んだ資料が執務室に集まると彼は訓示を垂れた。
「いいか、これから行う仕事は騎士鉄十字章相当のものと心得よ、兵器局が国運を握っていると国防軍に思い知らせるのだ」
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