ウーデットの旅路<6>
皇紀2595年2月15日 メキシコ アカプルコ
アル・カポネ・ルートからのアメリカ航空産業のレポートは休暇を宣言してメキシコ・アカプルコに出向いたエルンスト・ウーデットに手渡された。
流石にこの情報をドイツ航空省に手渡すことは躊躇われた。ウーデットはあくまでもダグラス社との一件は大日本帝国陸軍省、中島飛行機、有坂コンツェルンからの依頼であり、便宜上、ルフトハンザ航空の看板を使うものの、あくまでもルフトハンザ航空日本法人という枠内での話だ。
出資金や工作資金なども100%日本側からのそれである以上は、ドイツ側にこの情報を提供するのは契約違反となりかねない。
「はぁ……」
溜め息を一つ。読めば読むほどこの情報はドイツ本国に報告すべきモノだとドイツ軍人としては思わざるを得ない。
「青い空、青い海、開放的なリゾート気分台無しだな」
愚痴を一つ。良心と義務に従うならばこの情報は日本側にのみ活用すべきだ。だが、ここにある超重爆の構想は実現すれば大西洋を越えて米本土東海岸からドイツ本国を直接叩ける航続距離である。まして、5~10トン規模の大容積の爆弾倉である。
「ドゥーエ将軍の戦略爆撃論そのままだな、これは……どうすんだよ……」
流石に向こう5年以内で実用化出来るとは思えないが、それが5年後であればどうだろうか、そう考えるとウーデットは頭を抱えたくなるものだった。
彼が5年以内の実用の可能性を否定したのはDC-EXのそれと同じ理由で発動機性能や制御機構の技術的未成熟が理由であった。だが、ダグラス社は油圧機構をDC-2やDC-3では十分な実用域で運用出来るようにしていた。それが成熟すれば無茶苦茶に思える高圧油圧システムも実用域には達する。将来的にはそれが標準になるかも知れないとは可能性を感じていたのである。
また、発動機の過給機のそれについては実用化のめどが付きつつあることがレポートには書かれていただけに、発動機が多少低馬力であっても過給機性能で底上げが出来ること、それによって他国の機械式過給機では不足する性能も排気タービン式過給機なら明らかに分があることをレポートには示されていた。その中には日欧の標準的な発動機であるブリストル・ジュピター系のそれが比較として示されていた。
「さて、困ったモノだ」
XB-17やYB-17と称されるボーイング社の開発中のそれは既に試作機が完成間近であり初飛行も夏頃には行われることが示されていた。それとは別にXB-15とXB-17の技術を用いて旅客機が設計されつつあることもレポートにはあった。だが、それは優先度が低く、開発の目処は37年頃となっていた。247型機の話を取り纏めた後にこういった情報に接したウーデットにとっては涙目ではあるが仕方ない。
「307型機……これについては時期が合わないと言うことで納得しよう……だが、これはなぁ……」
ボーイング社のXB-15、XB-17、マーチン社のXB-16、ダグラス社のXB-19と同時並行で4機種もの超重爆が競作になっていることに一種の絶望を感じずにいられなかった。それほど衝撃的なレポートであったが、同じ内容が書かれたものがパンアメリカン航空のチャイナクリッパーでマニラ経由で日本に送られている。
「有坂の旦那、これ見て仰天するんじゃねぇだろうか……まぁ、それはうちのゲーリングも同様だろうが……」
途方に暮れた様子で冷めたコーヒーを啜る。苦みが増して不味く感じられたウーデットの表情は渋い。その渋さはコーヒーの不味さだけではなく、これからの交渉の方向性が正しいのか自信を失ったことによる部分も否定出来ないだろう。
「はぁぁぁぁ……どうしようか……」
深い溜め息を吐いたその時、部屋のドアが開いた。
「支社長、昼食の用意が出来たそうですよ、参りましょう」
ドイツ領事館でウーデット付の副官兼秘書として付けられたプラチナブロンド美女だ。流石に女好きのウーデットでも、彼女には手を出していない。彼女はドイツ航空省が送り込んできた監視役だからだ。彼女と懇ろになれば二重スパイに仕立てることも出来るだろうとウーデットは思わないでもないが、それより何より彼女は仕事人間だった。
「君も休暇なんだから自由にすれば良いのだが……」
「そうも参りません。あなたが放り投げた書類仕事がたまっておりますので」
ぴしゃりと取り付く島もない。二人は相性が悪いのだ。その上で有能なものだからウーデットにとってはやりにくいことこの上ないが、言われたままに従う他なかった。今は頭を抱えそうになるあのレポートのことを忘れたかったからだ。
「ワインかビールくらいはあるだろうね?」
「残念ながらご用意しておりません……夕食時にはご用意致しますから我慢なさって下さい」
ウーデットは酒でも飲んで忘れたいと思っていたのだが、出鼻を挫かれてしまった格好になった。仕方なくレポートを机の鍵付引き出しにしまうと彼女の先導で食堂へと足を向けたのであった。
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