ウーデットの旅路<5>
皇紀2595年2月13日 メキシコ
堅調な経済によって円高が進んでいることもあって日本資本は世界へ羽ばたいていた。アメリカ国内の企業も第三国企業を経由した形で買収や合併によって知的財産が日本へ流れていた。
これは世界恐慌以来続いているものであるが、アメリカ政府と日本資本の間でモグラ叩きの様な様相を呈する形で手を変え品を変えあらゆる交易チャンネルが使われていたのだ。無論、対日貿易によるメリットが分かっているアメリカ企業もまた日本企業と結託してアメリカ政府の規制を潜り抜けるために日々暗闘が続いていたのだ。
フーバー前政権時代から南北アメリカ大陸を生存圏として自国製品の販売先として、また投資先として進出を続けていた。官民揃っての不況脱出の為のそれであったが、南米諸国にアメリカ経済を支えるだけの市場など有るはずがなく、ごり押しの先には反米感情と競合企業同士のダンピングによるデフレ進行だった。
だが、それは日欧などの企業にとっては南米諸国の疲弊こそ買い叩くチャンスであった。比較的経済力のあるメキシコ、ペルー、アルゼンチン、チリ、ブラジルなどに続々と日欧資本が乗り込んでいった。
特に大日本帝国はメキシコへ積極的に進出し、メキシコ企業を経由してカリフォルニア油田から産出する高オクタン価ガソリンの買い付けを行い、また、同様に中島飛行機はダグラス社からDC-2の製造ライセンスを中継して手に入れていた。
その逆もまた然り、スタンバックなどの石油元売り企業もメキシコ向けに輸出して、テワンテペク地峡に開設したパイプラインを通じて太平洋側へ送り、そこから日本へ向けて迂回輸出すること始めたのだ。
これは事実上、アメリカ政府の対日輸出規制を目的した各種の嫌がらせをことごとくすり抜けてしまいラストフロンティアを独り占めしていると大日本帝国を目の敵にしているルーズベルト政権にとっては噴飯物だった。
だが、これらを規制などすれば南米方面への輸出による利益や国内経済の回復に影響するだけに指をくわえてみているしかなかった。無論、迂回輸出への規制も行ってはいるが、芳しくはない。アメリカ企業がラベルの張り替え、迂回企業を現地で複数でっち上げてトンネルさせることを繰り返したからだ。
また、ギャングなども利益を得るチャンスとばかりに輸出企業と結びついてトンネル企業、ペーパー企業の設立に噛んでいたのだから捜査当局にしてみればやりにくいことこの上ないのである。
そして、そのギャングが一枚噛むに至った事情にはある男のことを語る必要があるだろう。
「やっと雌伏の時に終わりを告げられそうだ……」
偽名を名乗り潜伏していた頬に傷跡が残る男は呟く。33年の夏のことだった。
彼の名はアル・カポネ……シカゴのギャング、暗黒街の顔役と言われた男だった。脱税などの罪で11年にも及ぶ懲役刑を宣告されて現在はサンフランシスコのアルカトラズ刑務所に収監されているはずの男である。
「お前たちの望みなら容易いことだ。いいか、オレの言う通りに動けば合衆国のウスノロどもはいくらでもまける。なに、心配など要らない。任せておけ」
日米の政治的関係悪化が一段と進んだ世界恐慌の頃、アルは逮捕されたが、彼の裁判が行われいる間はクック刑務所に収監されていた。しかし、公判が結審し、アトランタ刑務所へ移送されるそのタイミングでアルはA機関の手引きで替え玉と入れ替わり、メキシコに潜伏することとなったのだ。
潜伏生活が始まった32年の間はメキシコのアカプルコに居を構えていた。これはA機関が用意したものであるが、彼が梅毒に罹患していたことが健康診断で判明したことで治療に専念する必要があったからであった。
治療と静養を続け、33年にはいるとフーバー政権が崩壊、ルーズベルト政権が成立した。政権交代しても特赦や恩赦はなく、アルはその罪を問われたままであった。だが、彼にアメリカ国家へ反感を更に植え付けることになる。彼が逮捕収監された理由が禁酒法であったのだが、その禁酒法をルーズベルト政権は撤回してしまった。しかし、アルはその罪を問われたままなのだ。
「オレは禁酒法を理由にブタ箱に放り込まれたが、奴は何食わぬ顔してそれを廃止しやがった……今に見ておれよ」
禁酒法撤廃の後のアルは復讐することを胸に刻み、病状の改善、体調の回復によって気力がみなぎったこともあり組織作りに取り掛かった。A機関はアルの要望を出来うる限り叶えた。また、アメリカ国内のアルの側近や敵対していたが今では同じくアメリカ官憲から負われるギャングと連携を始めたのである。
「アル・カポネがメキシコに潜伏している」
暗黒街やギャングの上層部はその情報に疑念を抱いていた、だが、次第にそれは確信に変わっていった。往年の顔役たる手腕によって活動が活発化したからだ。
アルのお膳立てによって地下経済と闇取引のルートが構築されるとそれにアメリカ企業は表だって輸出出来ないモノや輸出が出来ても一定量で制限が掛かるモノはアル・カポネ・ルートを用いての迂回輸出を行うの様になった。34年の夏の頃であった。この頃から一部の輸出産業は次第に業績が明るくなっていった。
「オレの復讐は始まったばかりだ」
メキシコ国内のギャングの多くは既にアルの傘下に収まり、国境の税関などもその殆どがメキシコギャングによって買収されていることで抜け荷など日常茶飯事であった。一部は満州産アヘンも持ち込まれている。
「日本野郎がオレを利用するのは構わん。助けてくれたのだからそれくらいの恩くらいは感じる。それとオレの合衆国への復讐は別物だ。こっちは好きにやらせて貰う」
A機関の連絡要員と会ったアルはそう言うといくつかの書類をテーブルの上に放り投げた。
「お前たちが知りたがっていたボーイングとダグラスの大型航空機の資料だ……これで満足だろう? それともまだ不足か? お前の上役は強欲な奴だな……いいだろう、時間が掛かるだろうが、もう少し資料を集めてやる」
連絡要員がニヤッと笑みを浮かべるとアルもまた仕方ないと両手を挙げて首を横に振った。だが、悪巧みが楽しいといった少年っぽいものがその表情にはあったのが印象的であった。
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