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この身は露と消えても……とある転生者たちの戦争準備《ノスタルジー》  作者: 有坂総一郎
皇紀2595年(1935年)

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ウーデットの旅路<3>

皇紀2595年(1935年)1月17日 アメリカ合衆国 ロサンゼルス郊外


 新年早々の独演会と商談会というそれがドイツ航空省、ボーイング社にとって双方の折り合いがつく形で成立した後、エルンスト・ウーデットは一路北米大陸を南下していた。


 グレート・ノーザン鉄道、ウェスタン・パシフィック鉄道、アッチソン・トピカ・アンド・サンタフェ鉄道の路線を乗り継いでシアトルからロサンゼルスまで走破したのである。


 経路上のオレゴン州ポートランドでサザン・パシフィック鉄道へ乗り換えても到達出来るのだが、GN鉄道、WP鉄道、サンタフェ鉄道の三社は共通切符を発行し、SP鉄道とガチンコ勝負の競合をしている。ボーイング社は同じくシアトルに拠点を置くGN鉄道に肩入れしていたこともあってウーデットのロサンゼルス行きの切符手配を引き受けたのはある意味では必然ではあった。


 ボーイング社は自社持ちで一等切符を手配して手渡してくれたこともあり、約3日に及ぶ長旅を快適に過ごせる様にと配慮してくれていたが彼にとっては航空便を取ってくれる方が嬉しかったのだが、上客相手には流石に247型機(アレ)はないと自社の中でも判断が為された様だ。


 ただで貰った切符に文句はないので勧められるままに乗車し、気が向いたらビュフェで飲酒して途中で捕まえた美女相手に管を巻き、車掌に叱られて自身の一等個室へ押し込まれてしまったが、比較的快適な列車の旅を満喫したウーデットだが、彼が為すべき次の仕事は目的地のロサンゼルス郊外サンタモニカにあるダグラス社での交渉であり、これまた難物であった。


「はぁ、なんだってこのオレがこんな面倒ごとを引き受けないといけないんだか」


 彼の当初予定にダグラス社における用事はなかった。


「日本陸軍が自分でやれば良いだろうに……なんだったら商社を使えば良いことだろう?」


 不満はあるけれど、彼の年俸に交渉代行の分が上乗せされている以上、やらねばならないのだ。しかも、中途半端なそれは無理である。とても居心地の良い待遇を受けている以上はきっちりやらないといけないと、割とちゃらんぽらんな彼でもそう思うくらい陸軍省からの年俸は高かった。そして、ツケの払いに相当消えることが大きい。陸軍省はツケの管理をしっかりしていて、年俸からあらかじめ天引きして年末に調整していたのである。無論、年末調整で戻ってくることはない。当然、同時に支払われる翌年の年俸からしっかりと天引きされているのだ。


「はぁ、やるしかねぇよなぁ」


 愚痴をこぼしながらも与えられた仕事を果たそうと腹を決める彼だったが、こうなった発端を思い出す。


 米本土出張を申請するために陸軍省に出仕した際にウーデットは航空本部から呼ばれ、その時にダグラス社での交渉を行う様に言われたのであったが、彼は意外な人物と出会った。


 ウーデットは自分が日本に招かれた経緯の黒幕に有坂総一郎という謎の青年実業家がいることを知っていたが、それまでウーデットと総一郎は直接顔を合わせたことはなく、航空本部における辞令交付のこの時が初めてであった。


 総一郎からウーデットが依頼されたのはダグラス社におけるDC-3の機体ライセンス製造権の取得、そして本命は鋲打法と厚板構造の製造技術込みのライセンス製造権である。


「DC-3の機体製造なんてのはダグラスへの手土産だ。本当に欲しいのはリベット新技術と厚板構造技術。なんとしてもこれを確保して欲しい。今の合衆国は日本人が相手だとまともに商売をしてくれない。特に技術のそれは日本へ流れることを極端に合衆国政府が嫌がる……だが、合衆国企業はその限りではない……よって上手くこの交渉を成立させて欲しい」


 言っていることは無茶苦茶である。


「ユナイテッド航空が他のエアラインと協調して新型4発旅客機の要望を出している。それにルフトハンザ航空が乗っかる形で新型機開発の資金援助を行うという理屈を通して貰えば良い。その時の出資金は用立てる。50万ドル規模で開発を計画しているはずだから、そこに15万ドルを出すと言っても良い」


 ウーデットは15万ドルをポンと出すというそれにも驚いていたが、航空技師でもない人物が明確に欲しいものを要求していることに、いくつかの疑念を感じずにいられなかったが、自分で飛行機を整備するウーデットなだけになんとなく狙いは分かった。


「その4発機の計画が首尾良く進めばそれで良し、進まずとも出資分の対価を要求する、DC-3はその撒き餌ってことならば、有坂の旦那が欲している技術はそれほどの価値があると言うことに違いねぇな」


「その通りだ。ウーデット、あなたが合衆国に出向くのであれば、日本陸軍、日本企業ではなく、あくまでもドイツ国家、ドイツ企業の代理人として振る舞って話を纏めて欲しい。それは貴国にとっても大きな利益がある話だと思うが……」


 それからダグラス社における交渉の優先度やウーデットの裁量で振り出せる金額などを詰めていった。そこで提示されているのはなにがなんでも成立させろというものであった。それだけにウーデットも珍しく真剣に問答を繰り返していた。


「それと、ウーデット、これは私の気持ちだ。まぁ、こんなもので君の歓心を買えると思っているわけではないが、渡米するには何かと物入りだろう……」


 そう言うと総一郎はウーデットに100円紙幣を握らせた。


 34年冬の時点でのドル円相場は100円あたり50ドル程度であり、史実以上に円高が進んでいる。史実でこの時期は概ね100円あたり20ドル台後半から30ドル程度だが、アメリカ経済がガタガタであることを反映されてか、経済成長と購買意欲の高い日本円の価値が上がっている。なお、現代価値に合わせると100円は20万円程度となる。


 なお、この時期の価値基準で言えば、2LDK相当が場所によっては月額15~30円程度、給与所得者平均年収は1000円前後(史実800円程度)、高卒初任給月給50円、コメ10キロ3円程度である。史実の空母蒼龍は4000万円台である。


 そう言った意味では極端に多いわけではないが、何か入り用であれば十分すぎる数字であることが分かるだろう。尤も、氷川丸の片道運賃には足りないが。


 円高効果もあって15万ドルと言えば日本円では30万円程度であり、設備費用などとの兼ね合いを考えてもそれほど高くない買い物と総一郎は認識し、故に、商談が成立したら即金でダグラス社に渡せるようにと手配を済ませていたのだ。


「全く有坂の旦那ときたら人使いの荒いことだよ」


 東京でのやりとりを思い出すと溜め息一つ吐いてからウーデットはダグラス社との交渉に臨むべくアメリカ国内のエアラインの動きや航空機メーカー間の力関係や開発状況を調べるためにロサンゼルスのドイツ領事館を根城にして行動を開始したのであった。

クリエイター支援サイト Ci-en

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― 新着の感想 ―
[一言] おっとここで主人公がウーデットに絡んでくるか。確かに深山の失敗を回避しつつ、DC-3の技術を獲得するためにも、第三者は必要ですな…
2021/09/06 13:39 退会済み
管理
[気になる点] 34年冬の時点でのドル円相場は100円あたり15ドル程度であり、史実以上に円高が進んでいる。史実でこの時期は概ね100円あたり20ドル台後半から30ドル程度だが、アメリカ経済がガタガタ…
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