初夢<2>
皇紀2595年 1月1日 帝都東京
Another view 有坂結奈
旦那様の絶叫で迎えた元旦はそれはもう初夢を台無しにされるのに十分なそれであったのは間違いない。このいつ果てると知れない別時空への転移転生にようやく終着を見いだし現代で幸せな一生を終え掛けていたという夢だったのに、それすらも夢だと自覚させられる魂の絶叫にはうんざりした。
ことのあらましを尋ねるとこう言うほか見当たらなかった。
「良い薬ね」
仕方ないじゃない。そうとしか思えなかったのだから。
身内目線であることを割り引いても、旦那様のやらかしていることは間違いなく「やり過ぎ」なのだ。
けれど、だからと言って、それを否定する要素は見当たらない。なにせ、相手はリアルチートを地で征く米帝様だ。中途半端な真似して勝てる相手ではない。いや、互角に戦える相手ではないと言うべきだろう。そんなことは現代人は誰でも知っていることであるし、何よりミリオタな旦那様が身に染みて知っている。
手を抜けないなら、個人の力であっても、組織の力であっても同様だ。全力で事に当たるしかない。
中島飛行機の月産総生産数も昭和19年の春頃の水準を既に引き上げている。荒削りだが、総力戦は持てる力をどれだけ相手にぶつけられるかだ。多少の粗悪品であっても量産出来るならば、それこそ正義だ。
そう、頭ではそう理解している。
けれど、所詮は一部の人間が動いた結果でしかない。いくら生産力を積み上げても大勢に与えられる影響は限られた範囲だ。
その実例が理化学研究所とその理研グループだ。旦那様によると、大河内という理事長が手を尽くして各地に工場を次々と建設、利益度外視で生産力向上に努めていたという。その先兵があの田中角栄なのだそうだ。大河内という人の無茶ぶりを田中角栄はあの手この手で実現して見せたそうだが……それだとて力及ばなかった。旦那様はある意味では大河内さんのやったことを真似しているだけなのだ。
旦那様を中心とする勢力は陸軍、中央官僚、財界を中心とするそれではあるけれど、陸軍においては技術本部や憲兵隊における派閥でしかないし、中央官僚と言っても商工省の岸信介なんかは思想的には明らかに異なっている。財界だって財閥系との接点は少なく、鉄道系に偏っている。そういう部分もある意味では真似というか同じなのだと言えるだろう。
じゃあ、影響力が低いかと言えばそうでもない。電波通信技術や材料工学などは東北帝大グループの活躍で列強を出し抜いているし、北満州においては超短波警戒機甲が国境線付近に設置され電波警戒網が築かれているという。
旦那様やその周囲の人間が色々と動いた成果は間違いなく出ているのだ。だが、動けば動くほど、逆に本来活躍出来た人間のそれが目立たなくなる。もしくはその動きを封じられてしまっている。
例えば、海軍の山本五十六などはその最たる例だろう。
「あの博打打ちに好き勝手に動かれても困る」
そう旦那様は言うけれど、彼だって一流とは言えなくても二流とはとても思えない人物ではある。毀誉褒貶は激しい分評価しづらいけれど。
彼ら航空主兵論者が活動の場を失ってしまった結果、海軍の航空戦力は史実よりも明らかに後退している感がある。また、大艦巨砲主義が進行した結果、艦艇建造が遅れてしまっている。特に巡洋艦や駆逐艦整備は遅れていると旦那様は言っている。
動けば良いというものでもない。さて、困ったものだ。
旦那様は初夢で酷い目に遭ったとまだ語っている。ホント、そこまでよく頭の中でストーリーが生み出されて一大冒険活劇を上演出来るものよね。途中から黄泉平坂の話と素戔嗚尊と大国主命の話が混ざってきているのだもの。地獄から戻ってくるのになんで八岐大蛇の退治や須勢理毘売命やら出てくるのかしら……ホント、謎だわ。というか、仲間がなんでみんな美女ばかりなのかが分からないわ。あとで説教が必要ね。
「それでね、結奈……」
「何かしら? その美女たちと仲良くハーレムでも築いたのかしら? それは良かったわね」
少しイラッとしてそう言った。
「いや、最後は結奈が出迎えてくれたから安心して抱きしめたって話なんだけれど……聞いてなかった?」
なによそれ、そんな都合の良い話がどこにあるのよ。そこまでチョロインではないわ。
「まぁ、それは良いんだ……この世界、我々が思っている以上に史実で活躍した人間が追いやられているかも知れない……例えば……田中角栄……彼がコンピュータ付ブルドーザーになれないかも知れない。一部の有害な存在を始末したことで逆にそういった存在を葬ってしまっているかも知れない」
旦那様の言葉に衝撃を覚えるしかなかった。自分でもそうかも知れないと思っていた矢先にそう言われたら真剣に対応せざるを得ない。今までは土台を作るために形振り構っていられなかったけれど、気付いてしまった以上は放置出来ない。
「それって軌道修正しないといけないと警告があったということじゃない……」
「あぁ、恐らく、やり過ぎたってことはそういうことなんだろう……歴史上の大人物を文字通り葬ったという意味で……なにせ、先の田中角栄で言えば……出征先である騎兵連隊は既に帝国陸軍には存在しない……彼が娑婆と兵営暮らしで培うそれを奪ってしまったと言えるわけだから……」
流石にこの事態には夫婦揃って頭を抱えるしかなかった。今更であるが、前提条件を、フラグを踏み倒していったのだからイベントが起きるわけがないのだ。代用イベントを用意したとして、史実と同じ効果が期待出来るとは思えない。
「どうすんだこれ……」
「本当にどうするのよ、これ……」
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