捲土重来
皇紀2583年9月4日 ハバロフスク
極東共和国首都ハバロフスクの政府仮庁舎に、とある支那人が姿を見せていた。ニコライ・マトヴェーエフ大統領は自身の執務室において訪問者を歓待していた。
「貴方自らここまで来るとは思っていませんでしたな……歓迎しますぞガスパジーン・チャン」
マトヴェーエフは握手を求め、チャンと呼ばれた男も応じ固く握りあった。
「閣下、今、日本は首都が壊滅するほどの地震でシベリアどころではなくなっている。捲土重来と言うべきもの。我らが後押しする故、軍を動かされよ」
「ほぅ、貴方はこの私に兵を動かせと言われるのか? 今やこのハバロフスクにまで下げた戦線を?」
マトヴェーエフは腹の内では軍を動かし、攻勢に出るのは今しかないと考えていた。だが、それを他人に言われてやるのは癪だと思いあえて疑念を持っている風に装った。
彼の手にある兵は正規兵2個師団、パルチザン2個師団相当であり、シベリア出兵している浦塩派遣軍と数の上では同等にある。特にコムソモリスク=ナ=アムーレに進出している真崎兵団に対しては優勢ともいえる状況だ。
「我々の掴んでいる情報では日本軍は先のビキン攻略で随分と派手に消耗しているという。であれば、連中は当分補給に苦労するだろう……この機会を逃すのは為政者として如何なものか?」
チャンは活かすべき利点を延々と語った。
「我らとていつまでも日本軍などの下風に立つのは潔しと思っていない。機会があれば、あの増長した東方の蛮族に鉄槌を降したいと思っている……まして、満州という私の支配する土地で好き勝手されるのにはいい加減我慢ならぬからな……」
「なるほど、貴方の都合は良く分かった……確かにこの好機を活かさず座して待つのは愚かとしか言いようがないであろう……だが、貴方方の支援とは一体何をしてくれるのだ?」
チャンの対日感情から裏切られることはなさそうだとマトヴェーエフは考えたがそれでも保険は掛けておきたかったのだ。今やソビエト連邦本国からの補給と支援も滞りがちとなっている現状ではチャンの支援は得難いものである。
条件さえ折り合えば打って出るのも吝かではないのがマトヴェーエフの本音だ。
「そうですな……夜陰に紛れてウスリー川にいる上陸用舟艇を焼き打ちするというのは如何? また、イマン川のシベリア鉄道の鉄橋を破壊するというのも効果的でしょうな……」
「それだけでは足りないですな……我らがリスクを背負うというのに、貴方方はリスクを負わないというのではベット出来ませんな……相応の掛け金をテーブルに乗せてもらえませんとな」
マトヴェーエフはチャンにベットを促した。
彼にとってチャンがベットに応じればすぐにでも出兵を決意する腹積もりになっていた。敵正面を突き破るだけで良いのであれば、彼の下にある兵力でも十分に可能だと考えていた。側面援護さえあれば……そう、敵が安全だと思っているところに火を付けて回る存在があれば、いくら兵力や火力に勝る敵でも注意散漫にならざるを得ない。
「では……不足する兵力に我が軍をお貸ししましょう……あと、武器弾薬も我が軍の装備を横流しするというのでは?」
マトヴェーエフはニヤリと笑った。
「商談成立ですな……チャン、貴方の申し出をお受けしましょう……」
「では、数日以内にハバロフスクへ1個師団の兵を差し向けましょう……同志の活躍を期待しておりますぞ」
二人は固い握手を交わしあった。
チャンは仮庁舎から出ると呟いた。
「扱いやすい男だな……日本軍がそう簡単にやられるとは思えぬ……だが、ここで日本軍を削いでおかなくてはな……精々、私の手の上で派手に踊ってくれ」




