海軍航空行政の迷走<2>
皇紀2594年 12月25日 帝都東京 海軍省
「大角大臣、これについては本部長であった松山軍令部次長の主導したものであり、私はあくまで技術部長として航空戦力の国産化推進に尽力していただけのこと、大臣は航空機に対する見識が些か足りぬのではありませぬかな?」
発案した松山茂中将にその責任を押しつけつつ、同時に艦隊派の面々に航空機への見識が低いと言い放つ彼に加藤寛治大将、前連合艦隊司令長官の末次信正大将、現連合艦隊司令長官高橋三吉中将などはこれに大いに不満の表情を浮かべていた。
「山本君、君らの推進している空中水雷艇とも言えるこれらのものが実用にたるものになったとしてだが、駆逐艦などよりも高速で長距離へ侵出し、一方的に航空攻撃が出来るのは夢のあることだとは思う。だが、九〇式艦攻ですらバタバタとまでは言わんが、地上からの攻撃で墜とされるというのに、敵艦が黙って攻撃を受け入れてくれるとはとても思えぬ。まして、単発機よりも明らかに鈍重である双発機がだぞ?」
確かに自艦隊の遙か遠方で必殺の魚雷による襲撃を受けたならば、いくら数に勝るアメリカ海軍といえども手負いとなったままで艦隊決戦に持ち込める可能性が出てくる。そうなれば、41cm砲を標準とする帝国海軍の戦艦群の敵ではない。
だが、それは余りにも都合の良い考えだとも言えた。
欧州派遣艦隊は自分たちがした様に陸上からの航空攻撃を恐れ、また、戦訓を得たことでブレダ製機関砲をライセンスした九四式三十七粍機銃を装備することを推進している。当然、仮想敵である英米海軍がこれを見逃すとは思えないのだ。
「まして、これらの機体は陸軍の双発爆撃機と同じサイズだというのに搭載出来る爆弾は1トン程度だと言うではないか、連中にそれにすら劣る爆撃機など開発する意味があるのか?」
艦隊派の主張は文字通り正論であった。将来性云々以前に、陸軍の爆撃機よりも性能が劣ることなどあってはならないのだが、松山や山本の推進した双発艦攻や双発陸攻は性能は劣るどころか実用化すら未だに出来ていない。名前だけは九三式艦攻(陸攻)と制式化されているが、その実態は試作機の試作機と言った水準である。
「だが、それでも開発はやり遂げなくてはならない。本来、戦艦など時代遅れになりつつあるというのが世界の趨勢。先見の明がある海軍軍人の責務と言うべきもの。三菱や中島は世界水準の発動機の開発に成功しているのだから、何れ近いうちに実用の域に達するのは間違いない」
「そうは言うが、君の一航戦において機体の老朽化と陳腐化は疑うべき余地はなかろう? 単発機の更新こそ海軍航空の第一義ではないのかね?」
「全くその通りだ。航空本部は国産に拘っている様だが、その国産の艦戦や艦攻はいつ揃うのか。独国のハインケル社が新型艦戦の売り込みに接触してきているが、それでは駄目なのかね?」
山本の言い分に次々と反発の声が上がる。そこには七試艦上戦闘機の開発失敗というそれが尾を引きずっていたのだ。
時代の趨勢で複葉機から単葉機への移行というそれに合わせて開発要求が出され、中島/三菱が競作したのだが、先進的な三菱は海軍の要望に近かったものの不安定な機体によって試作機は全て墜落して失格となった。中島は手堅く纏めたのだが、単葉であるもののパラソル翼という時代遅れなそれであり、海軍の失望を招いたのである。
こういった事情から新型機の開発は艦戦、艦攻問わず停滞しているのであった。
「開発が停滞しているのは海軍航空本部や関係者の怠慢ではない」
流石に自分への批判と思えたのだろう、山本は自分を含めた形で自己弁護を行う。だが、そこは非主流派の常、立場を悪くするだけであった。
「過大な要求を出して開発側に負担を掛けておるのではないのか? 出来もしない過大な要求を突きつけられた側が苦労して出してきたものが駄作につながっておるのではないかと我々は疑っている」
大角は艦隊派の追求を制して静かに語る。そこには平賀譲中将を動かして艦政本部におけるバランサー、重石として用兵側の無茶苦茶な要求に応えようとした藤本喜久雄少将などの若手を抑えたそれと同様な圧力がそこにはあった。
「あれもこれも欲張りたいだろうが、それが出来る国力が我らにあるのかと問いたい。洋行帰りの諸君ならば、よく分かることだろう……我々にはそんな力はない。出来るのであれば、技師たちが全力で応えてくれておるだろう。だが、あのザマだと言うことは技師たちの手に余っていることの証明ではないのか? 我々はそれをよく理解すべきではないだろうか」
大角の言葉に誰一人反論することは適わなかった。そう、航空本部に関係した者たちもまたそれを実感していたからだが、何か言えば間違いなく懲罰人事の対象になることは明白であったからだ。大角は航空主兵論者たちの失言を望んでいたのだが、流石に保身に走った彼らは貝の様に閉じこもってしまったことでその機会は訪れなかった
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