紅茶の国の変態CAS
皇紀2594年 12月25日 大英帝国
ドーヴァー海峡を越えた紳士の国、大英帝国。この国のとある技術者に率いられたチームはシュナイダー・トロフィー・レースに3回の優勝を成し遂げ、祖国にトロフィーの永久保持権をもたらしていた。
彼の名はレジナルド・ジョセフ・ミッチェル。スーパーマリン社の主任設計技師である。彼は空気抵抗を減らすために非常に流麗な流線形の機体をもった水上機”Sシリーズ”を設計し27年にS.5、29年のS.6、31年のS.6Bで出場し、シュナイダー/トロフィー・レースで勝利を収めたのである。
こうした先進的な設計は戦闘機にも応用可能な部分が大きく、31年に英国空軍がスーパーマリン社に次期戦闘機仕様書F7/30を提示、これに応募したスーパーマリーン社はミッチェルを主任設計士にして新型戦闘機の開発がスタートした。
この時に開発されたタイプ224は他社が設計したものと同じく、発動機や機体の性能が低く、空軍の期待に添うものではなかった。そのため、結局旧来の複葉機であるグロスター・グラディエーターが34年に採用となったのである。
だが、スーパーマリン社とミッチェルはこれに挫けることなく、同年には新たな仕様書F37/34が提示され、これに応じて新しく設計されたタイプ300は、主翼の小型化、主脚引き込み機構を搭載し、7月にイギリス航空省へ提出されたが、これも芳しい反応を得ることは出来なかった。
しかし、11月に至るとドイツのHe112の制式化というそれが報じられ、12月初旬にはヴィッカース・アームストロング社の支援を受けタイプ300の改修が始まったのである。中旬に至るとイギリス航空省から新仕様書であるF10/35が発行され、ヴィッカース製7.7mm機銃からブローニング7.7mm機銃への換装が命じられたのである。
この頃は史実とほぼ同じ推移でスピットファイアの開発は進められていた。ドイツに比べると防空への意識は低く、のんびりとした開発の進行状況であったが、それは開発に先行していたホーカー社のハリケーンの存在があったからだが、この時、開発中であったハリケーンは史実で言うところのMk.ⅡBとほぼ同様であった。
ブローニング7.7mm機銃12門装備という文字通りハリネズミか剣山みたいなそれは試作機の製作を少し遅らせるとともに重装備仕様に変更するという暴挙に出ていたのだ。無論、この改造は現場に混乱をもたらし、機体性能の低下を発生させることとなった。だが、それすらも問題ないと英国空軍は認識していたのである。
「ハリケーンの開発が遅れようとも問題ない。我らがすぐに矢面に立つ様な事態は今はまだ存在しておらぬ。それにスピットファイアの開発が結果として先行したのであれば主力戦闘機の座を明け渡せば良い。どのみちホーカー社の生産能力では主力として用いるには荷が勝ちすぎる。ハリケーンには別の使い道があるのだ」
彼らが方針を転換したのは一つの理由があった。無論これは極東からの戦訓であるのだが、ドイツがHe112の様に20mm機関砲を搭載する高速重戦闘機という方針に向かったのに対して、近接航空支援というそれを思いついたのであった。低空から陸戦部隊を上空援護、いわば空飛ぶ機銃陣地として運用するというものだ。
野戦重砲による制圧砲撃による効果は知られていたが、それでも歩兵が突撃する際に歩兵直協する支援火力が不足することを大英帝国の観戦武官や駐在武官は学んだのである。
33~34年の時期には英国陸軍がヴィッカース中戦車Mk.Ⅲの開発に失敗したことで早急に戦車開発を行う必要が出ていたが、その戦力化も概ね37年頃になるだろうと推測されていただけに35年の秋頃までに近接航空支援機が実用化出来るのであれば戦車の代用になると考えられたのだ。
戦訓とやむを得ない事情が近接航空支援という概念を前倒しさせる結果となったのは”空飛ぶ砲兵”の異名で知られたJu87の十八番を奪う所業だと言っても良いだろう。だが、その選択自体は間違っていたとは言えないだろう。
それはハリケーンの機体構造がそれを裏付けているからだが、これは結果論と言うべきかも知れない。ハリケーンの翼や胴体には木材や帆布が多用され、発動機や操縦席は鋼管をアルミニウム合金で覆ったものであり前時代的と言わざるを得ない旧式な構造だった。だが、それが故に軽くて頑丈でもあり、その余裕のある構造が12門の機銃を搭載するという無茶を可能にしたのである。結果として被弾時の機体や乗員のサバイバリティにも優れるという効果も生み出したのだ。
こういった事情は戦場において実際に運用した結果で判明したものであったが、後にホーカー社の開発陣は大いにその先見の明を評価されることになる。尤も、怪我の功名でしかないと彼らは思っていただろうが。
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