新型戦闘機開発の顛末<3>
皇紀2594年 11月20日 陸軍側視点回想
北満侵攻事件以来の対ソ衝突によって陸軍航空当局は多くの知見を得ることに成功していたのだが、その一つに航空機用機関銃の威力不足を痛感したことである。
確かに速度性能の違いという問題も浮上していたが、これについては相手が考えなしに高速度を頼みに一撃離脱ばかりを行うことから戦術面で対抗すればこちらの性能が多少劣っていても対抗出来たのだ。
しかし、それでも攻撃手段である火力の不足は現場の工夫では遺憾ともしがたいものであり、今後登場するであろう敵機に対抗を考えれば一撃で撃墜へ追い込むことが可能な大口径機銃・機関砲の採用を行うべきだと現場だけでなく、参謀本部や技術本部など陸軍中央においても討議されることにつながったのであった……。
だが……。
現時点において帝国において陸海軍問わず航空機用機関銃は7.7mm口径のものしかなく、また、陸軍の八九式固定機関銃はヴィッカース系、八九式旋回機関銃は十一年式軽機関銃の系譜であり元を辿るとオチキス系、海軍の毘式七粍七固定機銃はヴィッカース系であった。
系譜の違う八九式旋回機関銃は兎も角、同じヴィッカースの系譜である八九式固定機関銃と毘式七粍七固定機銃なら一緒だろうと思うが、そうは問屋が卸さない。
陸軍の八九式固定機関銃は八九式普通実包(7.7mm×58SR)であり、海軍の毘式七粍七固定機銃は.303ブリティッシュ弾(7.7mm×56R)と全く異なる弾薬を使っている。更に言えばオチキスの系譜に属する八九式旋回機関銃は八九式普通実包を用いるので陸軍の場合は系譜が違っても弾種統一出来ているのだ。それだけでなく、九二式重機関銃も八九式普通実包を用いる為、量産性は非常に良いのだ。その八九式普通実包も新型の九二式普通実包や九二式焼夷実包へと置き換えが進みつつあるが、改良版であるために何ら問題なく使うことが出来る。
弾薬の補給に関しては地上部隊用を投入しても構わないと割り切れば全く困ることはないし、撃ち尽くしても基地に戻って反復攻撃するという点においては何ら問題ないが、威力が足りないのはどうしたって解決出来ない。
「欲しいものはすぐに手に入らない……ならば、やるべきことは一つ……」
航空本部長杉山元中将は喧々囂々、侃々諤々たる陸軍上層部の会議においてウルトラCを繰り出した。
「貴官らが無い物ねだりしたところで何か出てくるのか? 便所の扉と陰口される我が輩から言わせてもらえれば、糞くらいしか出てこぬであろうよ。今ある機関銃を多数搭載した機体を作るか、数で押し切るか……要はそれしかあるまいよ」
それを言っちゃあお仕舞いよ、と言わんばかりのものであるが、現実的に考えてそれしか方策はない。機体を改造するにしてもすぐにどうにかなるものでもない。そうなると数打ちゃ当たる方式だ。
「というわけで、陸軍省は全力で搭乗員の養成と機体量産を行うことを認めてはくれまいか」
こうして杉山の正論が押し通り、当面の問題にはこれで対処することになったのだが、結局のところ威力不足が解消したわけではなく、所詮は対症療法※である。根本的な問題を解決せねばならぬことは誰の目にも明らかであった。
ただ、この時、帝国陸軍にとって幸いだったのは極東赤軍のゲオルギー・ジューコフ元帥がこの会議からそれほど経たずに逮捕されたことであった。これによって、組織的にI-16の改良を行う機会がソ連赤軍から失われたことである。
ジューコフ失脚によって戦訓から高速一撃離脱の徹底と防弾装備が極東赤軍からモスクワへとフィードバックされなかったことでI-16の性能向上の機会が失われ、結果として帝国陸軍の懸念した威力不足から絶対的な威力不足への事態悪化は先送りされたのである。I-16の防弾装備の欠如は装備に劣る支那各軍閥相手では何の支障にもならずI-16無双伝説を築くだけだったからだ。
また帝国陸軍相手の空中戦では決め手を欠くことと制空権の掌握が出来ていないことから消極的になっていたこと、ハイラルなど北満からの撤退が理由で交戦機会がなくなり、そのことでI-16の欠陥が顕在化しなかったことがソ連赤軍にとっては不幸であったとしか言い様がない。
これらの偶然は帝国陸軍にとって貴重な時間稼ぎとなったのは間違いなく、その間に友好関係が深化しつつあったイタリア・ブレダ社から売り込みがあったことで新型航空機関銃の開発は一気に進むことになったのだ。
「海軍サンには37mm機関砲を買っていただいているのですが、陸軍サンには我が社の高性能なブレダSAFAT12.7mm機関銃を提案したいのデス」
胡散臭い売り込みであった。だが、国策として日伊関係の深化を考えるとブレダ社のそれを購入するのは悪い選択ではない。既に海軍も採用していることもあって購入条件については海軍に準拠する形であれば購入交渉はそれほど難易度が高いものではない。
無論、ブレダ社にとっても利があるものだった。自国空軍が採用しているとはいえども、イタリアという国家はそもそも経済規模が大きくはない。故にどうしても調達数に限りはあるのだ。その点、公式には戦争状態ではないとは言っても、国境において常に緊張状態があり、隣国は万年内戦状態である大日本帝国という国家は需要が旺盛なのだ。
イタリア政府もまた売れるものはなんだって売って外貨を得たいと考えていた。ましてアビシニア侵攻を実行するために大日本帝国と大英帝国の歓心を買っておくのは国策において非常に大事であるだけにブレダ社の利益を得たいという願望と大日本帝国に恩を売っておきたいというイタリア政府の利害が一致したことでこうした売り込みが活発化しているのである。
「発射速度や初速が遅いのが難点だけれども……」
彼らが持ち込んだものを技術本部で試射すると公称値よりもいくらか下回っていた。それもそのはず、ブレダSAFAT12.7mm機関銃はまだ試作の域であり、イタリア本国では制式化されていないのだ。だが、イタリア政府は輸出を促進するために書類上制式化した上でお墨付きを与えていたのだ。
「おい、あのブレダ野郎の言うことはちっとも信用出来んぞ、これ本当に使えるのか?」
「だが、この榴弾と焼夷弾は上手く使うと効果的かもしれん……」
「連中がこっちを騙くらかすつもりなら、こっちも遠慮なんて要らん。銃本体はほどほど買っておいて弾薬の方を戦力化しよう」
技術本部の技術者や試射に付き合ったパイロットなどはブレダ社の営業担当者を放置して鳩首会談を行うが、その結論は非情だった。
試射が終わるとすぐに航空本部と技術本部が合同で評価会議を行うことになったが、その場での議論はブレダSAFAT12.7mm機関銃の採用か不採用かというものではなかった。
「諸君、我々はこの13mm級機関砲の有用性を理解出来たと思う。そして注目すべきはこの特殊弾だ。ブレダには悪いが、アレの性能はそこまでじゃない。だが、連中の機嫌取りはしないといけないから現物で30機分60門を購入することにしようと思う。このくらいなら連中も文句を言わぬだろう。で、我らは60門の中途半端な機関砲を買う代わりに特殊弾の製造権と改造権を得る。その対価ならば安いものだろう」
杉山は会議冒頭で結論を先に述べてしまったが、その場にいた技術者や高級軍人、パイロットなどは皆一様に頷く。異様なくらいの意見の一致だった。だが、それも全てはブレダ社が試作品を制式化していると言い張ったのが悪い。正規品の性能があの程度なら不要だという認識が出来てしまったのだ。
「我が輩はブローニング社が近頃開発したAN/M2とやらが気になるのだが……技術本部ではどう考えておるのかね?」
「まだ出来上がったという報告くらいでよく分からぬと言うのが本音ですな。なにせ、我が帝国は合衆国との付き合いは薄くなるばかり、ルーズベルトが大統領になってからこっち、軍需関連の輸出審査に矢鱈時間が掛かる……たかが部品一つにだ……そうそう情報が入ってくると思わんで欲しい」
技術本部長岸本綾夫中将は杉山の言葉に忌ま忌ましげに応じる。アメリカ合衆国による嫌がらせの陸軍における一番の被害者とも言えるのが技術本部長という職責である。それだけに杉山も同情を禁じ得ない。
「ソ連のように秘密主義になっていると言うからな、我が輩も君の苦労はよく分かっておるつもりだが……」
杉山の言葉に岸本は分かっているなら聞くなと言わんばかりだが、それは八つ当たりに過ぎないことも分かっているだけに自重している。
「閣下、宜しいでしょうか」
「なんだ?」
技術本部の若手が遠慮がちに挙手をしたことで岸本はぶっきらぼうに応じた。
「断片情報に過ぎないため信頼性は低い情報ですが、ブローニングの新型はM1918 M1の7.62mmから12.7mmへ改良したものであると……であれば、我々も資料としての在庫がありますから、これを基礎として研究するというのは如何でしょうか?」
「それならば、我々の八九式固定機関銃の口径拡大でも事足りるではないか?」
「場合によってはそちらが本命になるやも知れませぬが、ブレダよりは良い性能になるとは思われます……実は既に試作設計は始めており、認可が下り次第、工廠と中央工業へ試作発注が可能であります」
技術本部の内部では私的研究という形ではあるが水面下で設計が進んでいたことを暴露してしまったが、それもまた根回しによって段取りが出来ているからこそのものであると言えた。
「航空本部としては一刻も早くまともな航空機用機関銃もしくは機関砲を望みたい……岸本君、陸軍省への根回しは協力する故……」
「便所の扉と先の会議で宣った貴殿だが、開いた側に一方通行とはな……分かった。決済してやるから体裁を整えてこい」
皮肉を言った後、仕方ないと溜め息を吐きながらも若手の独断専行を事後承諾した岸本であった。
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