新型戦闘機開発の顛末<2>
皇紀2594年 11月20日 帝都東京 陸軍省
満州へ配備された九三式戦闘機の活躍は内地の新聞を飾り、国民士気高揚に役立っていた一方で中島飛行機の技術者や工員たちにとって屈辱とやるせなさを与えていた。
キ11の試作機は、史実では大阪毎日・東京日日新聞グループへ払い下げになって民間機最高速度を達成することになったが、この世界においては同グループは朝日新聞グループ同様に統帥権干犯問題で発行部数を落としていたこともあって同機の購入など夢のまた夢であった。
このため、輸出する方向で中島飛行機は動いていたのだ。その候補は日本海を挟んだ対岸の正統ロシア帝国とタイ王国であった。
中島が輸出に向けて下準備と予備交渉を行っていることを察知した陸軍省は、群馬県太田の中島本社へと使者を派遣したのである。そう、航空本部長である杉山元中将本人が出向いての出来事であった。
「君らの気持ちはよく分かる……だが、新鋭機をみすみす国外へ流出させるのは忍びない……なんとかならんだろうか」
中島側も企業である以上は売れるものを買ってくれる相手に持っていくのは当然のことだ。故に難色を示したのである。
「閣下の仰ることはよく分かります。しかしながら我々も営利企業……御国へのご奉仕は第一義でありますが、売れなければ社員を養うこと適わず……よって帝国と轡を並べる正統ロシアへの販売を了承いただきたく……」
「そうは言うが……」
「内地での報道で川崎のキ10が活躍していることは承知しておりますが、キ11であったならばもう少し楽に敵をあしらうことも出来たでありましょうが、陸軍は格闘戦性能を優先したばかりに速度性能で苦戦を強いております……これはひとえに陸軍航空行政の無見識によるものではありますまいか」
杉山は中島側の断固たる態度に怯んでしまった。
実際に張学良の軍閥空軍が極秘裏にアメリカ合衆国から入手していたと推測されるP-26はあっさりとI-16に駆逐されてしまったのだ。そして、その理由が速度性能によるもの、そして北満空域における小競り合いでもロッテ・シュバルム戦法において対抗出来ているとは言えど、仮に同数の機体で戦闘になった場合不利にあるのは九三式戦闘機であるのは明白だった。
「だが、今は十分に対抗出来ておる……それに中島がキ10をライセンス生産して後詰めに送り込んでくれるならば数の勝負では負けぬ」
そうは言うが、杉山も自分の言葉をそれほど信じているわけではない。現場の工夫で凌いでいるだけだと理解していたからだ。
「今更キ10の量産と言われましても、準備が整う頃には旧式化しておりますよ。であれば、キ11輸出用に組んだラインを活かしてキ11を生産して戦地へ送り込む方が余程後詰めに適しております……そうですな、来月には30機ばかり用意出来るでしょう。年始には月産100機程度は可能と見積もっております」
実際、正統ロシアへの輸出を見込んで冶具や機材を揃えていたこともあってすぐに量産出来る体制だ。いや、既に先行して発動機の量産は始まっているのだ。
正統ロシアも時速430km出る新型機に興味はあった。旧式化著しい従来機では対抗出来ないと考えているせいもあって前のめりでの予備交渉であったのだ。この時、100機納入、50機単位のオプション契約を提案してきていた。
正統ロシアが大口の取引を持ちかけてきている以上、これに乗っかってタイ王国にも販路を広げたいと考えていたのだが、それには生産基盤を整える必要があったのだ。
「なんだと!」
杉山は驚くしかなかった。年内に30機以上の機体を揃えることが出来、年が明ければ月産100機というそれは魅力的だった。川崎の生産力では本格的な戦闘になった場合損耗分を到底賄いきれないと陸軍中央では認識していたからだ。
「今はトラックの生産に注力している工場もラインの切り替えを行えば更に増産……今の時点でトラックや自動車のラインを止めて戦闘機のラインに変更すれば月産1000機程度は出来ますが……体面上平時であること、自動車の需要を考えるとそこまでの必要はないと考えております」
中島側から本気になって生産を始めると1000機単位の量産が出来ることを示唆されたことで杉山も唸ってしまったのだ。自分たちが把握しているよりも遙かに中島飛行機という企業の底力が大きいことに驚いたのだ。
「そして我々はキ11に代わる新型機の研究を既に始めております。今度は全金属製の機体で、最高速度時速530kmを目指しております。また、加速性能と小回りの良さを両立するべく取り組んでおりますよ」
「その機体はいつ出来上がる?」
「陸軍当局に横槍がなければ早ければ来年半ばには……これには速度性能を優先して一撃離脱を主とする戦い方を考えておりますが、その場合は攻撃の機会は一度ですから強力な武装を一気に敵に叩き込む必要があります」
杉山は中島側からの基本構想を聞かされると再び唸ってしまった。理屈は分かった。実際にソ連赤軍は一撃離脱によって格闘戦を避ける傾向にあったからだ。それに対抗するにはこちらも高速重武装にしなければならない。
「だが、そうなると重量が著しく増加するではないか、それでは高速性能と背反する」
「その通りです閣下。ですが、我らには1000馬力級のハ5があり、目下、ハ5を1250馬力へと高出力へとするべく研究を進めております……」
「なるほど、君たちが言いたいのは、ハ5の改良の目処が付く頃に新型機を実用化するから待てというのだな?」
「ええ、その通りです。その頃合いが来年の夏と我々は考えております」
技師たちの言い分からすると新型機開発までの間に量産体制を構築し、そのためにはキ11の輸出によって生産ノウハウと技術的問題点の克服をしたいというものだと杉山は理解したのであった。
「よし、良いだろう。輸出の件は儂が陸軍中央に話を通しておく……君たちはその新型機の開発に邁進し給え。あぁ、そうだ。余り横槍を入れたくないが、条件はいくつか付けることとする……これは追って試作命令で明示するが……」
「それは仕方ありませんな……お使いになるのは陸軍ですからね」
「あぁ、だが、悪いようにはせぬ。高速重武装の重単座戦闘機である。諸君らの思うようにやるが良い。最高速度時速530km、航続距離1500km、12.7mm機銃2門だ。航続距離については最低でも1000kmあれば良いから目標値である。爆装は考慮せずとも良い」
杉山は内々という形ではあるがその場で開発の方向性を示した。いや、中島側の設計方針を追認して現状必要とされる性能を追加で示したに過ぎない。だが、これで中島の技師たちは明らかにやる気を見せたのだ。
「それは閣下のお墨付きと理解して進めますが、よろしいのですか?」
「大いにやってくれ給え」
そう言うと笑いながら中島本社の応接室を後にする杉山だった。恰幅の良い彼の体は笑い声と連動して大きく揺れていた。それほど上機嫌な帰りであった。
そして34年11月20日、陸軍として正式に新型機の試作開発命令が下ったのである、中島と川崎に下った条件は同一であった。
「高速重武装単座戦闘機を開発せよ」
条件は杉山が中島で示したものと全く同じであった。杉山が陸軍当局の細かい要求を全て突っぱねたのだ。
「細かい制約を課して駄作を造られては元も子もない。こちらが求めるのは単純明快であるべきだ。第一に敵より高速であること、第二に敵に打ち負けぬ武装であること、第三に敵に撃たれても耐えうること……用兵側にとってもこれは大前提であろう。あとは北満の様に機体にあった戦い方をするのだ」
異論を挟む並み居る陸軍高官たち相手に杉山はその正論で押し切ったのである。彼は中島の技師たちとの約束を守ったのである。
試製中島キ11 性能諸元
全長:6.89m
全幅:10.89m
全高:3.33m
主翼面積:19.1㎡
全備重量:1800kg
動力:空冷単列9気筒発動機 中島「光」
出力:850馬力
最大速度:430km/h
航続距離:1100km
武装:7.7mm機銃×2
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