手を携える<2>
皇紀2594年 11月20日 帝都東京 市ヶ谷 有坂本邸
平賀譲造船中将、有坂総一郎、有坂結奈の3人が有坂本邸の一室に集う。ここに東條英機中将がいれば東條-有坂枢軸のメインメンバーが揃うことになるが、東條は満州へ憲兵隊の司令官として赴任している。
「早速始めようか」
平賀は酒を一口含むとそう言って資料を封筒から出して卓の上に並べる。
「これは大角海相から手渡されたものだ。まずは目を通して欲しい」
総一郎と結奈は別々の資料を手に取りその内容に目を通すが、そこに書かれていたモノにお互いに視線を交わし合って揃って参ったなという表情を見せる。
「平賀さん、これの出所は?」
「無論、海軍……いや大臣の諜報活動の結果得られたものだ。恐らく、海軍そのものの諜報活動でも同じものがいくらか遅れて届くのではないかな? 陸軍はこれを知っているかは分からぬが」
腕を組んで唸るしかない。そこにあるのはXBLR-1、XBLR-2の試作発注仕様に関する報告書であった。
XBLR-1については先刻ご承知だとは思うが、ルーズベルトによって要求性能が仕様書の航続距離8000kmから現実的な水準である航続距離3000km程度に落とし込まれたことで、実現の目処が立っていたことが史実とは異なっていた。
だが、これは発動機性能に合わせた仕様変更であるため、発動機を強力な2000馬力級のものが開発されたならば当初仕様で実現される可能性が高いことを意味している。
「大臣は合衆国海軍が空母を造らない代わりに戦略空軍へと方向性を転換したのではないかと考察していたよ。我が帝国にとってはXBLR-2の12000kmと言う長大な航続距離はハワイから帝都を空襲出来ることを意味するが、同様に東海岸からロンドン・パリを直接叩けることも意味する。爆装を減らせば名古屋以西やベルリンなども同様に空襲圏に入ることを意味している」
文字通り大陸間爆撃機の登場となるそれは戦争の形態が変わることをも意味している。大艦隊が大洋を越えて敵地へ接近せずともいつでもその頭上に爆弾の雨を降らせることが出来るのは、文字通り生殺与奪を握っていることそのものなのだ。
「合衆国は今は列強各国と折り合いが悪いが、それでもソ連との関係はそれほど悪くはない。であれば、往復などせずとも、欧州各地を爆撃してそのままソ連領へ向かい、そこで補給して帰りの駄賃と欧州をもう一度爆撃するというそれも実現可能だろう……当然、それは我らにも適用される。ハワイから帝都を襲いそのままイルクーツクまで行って折り返して帝都をまた襲う……ということもあるだろう」
しかも、発着地点は何もハワイに限った話ではない。ミッドウェー、ウェーク、グアム、フィリピン、アリューシャンとどこから飛び立っても余裕である。事実上、大日本帝国はどこにも逃げ場はない。
「まさか、ルーズベルトはそれも計算のうちでカムチャツカに租借地を造ったのか?」
「それはないだろう。だが、結果としては利用価値が大きく出て来たことは間違いない」
平賀は総一郎の疑問に否定をしつつも考えていること自体は正しいと応じる。こうなると俄然ペトロパブロフスク=カムチャツキーの存在価値は大きくなる。通商破壊や太平洋艦隊の前進基地としてだけでなく空軍の根拠地としても整備が進めば……。
「ねぇ、旦那様、危機感と悲壮感に浸っているところ悪いのだけれど、これ実現出来るのかしら?」
結奈は2ヶ月半前にマニラからの空襲圏について話したときのことを思い出していた。確かに理屈の上ではそうなのだが、この資料に記されている数値がどれもこれも桁違いすぎて現実味が彼女には感じられなかったのだ。
「XBLR-1、XBLR-2もどちらも2000馬力級発動機を前提条件としているけれど、米帝様が2000馬力級発動機を実用化したのはいつだったのかしら?」
「あぁ、概ね昭和14年~15年頃だな。メーカーや発動機によるけれど18気筒のそれであればプラット&ホイットニーのR-2800が昭和14年だ。カーチス・ライトのR-3350が昭和15年だな。1500馬力を超える程度であれば、カーチス・ライトのR-2600が昭和12年に実用化出来ているな」
現在が34年であるから少なくとも1500馬力超のR-2600が実用化されるまで3年程度は猶予がある。あくまで発動機を規準にしたものだからXBLR-1のようにアメリカが現実的な考えにしたらご破算だが。
「米帝様の発動機の開発はどうかしら? 中島や三菱みたいに先行しているの?」
総一郎は平賀と顔を見合わせる。
「特に際立って発動機の開発が進んでいるという話は聞かないな。欧州からの技術流入が止まっていることもあって難航していると思うが……どうだね?」
「逆に欧州系の発動機技術はブリストル、ユンカース、BMW、ハインケル、あとうちの傘下であるダイムラー・ベンツ・アリサカは順調に加速しているとは聞いているよ。特にBMW801の実用化は近いと報告があった。大分苦労したそうだけれど、BMW139の18気筒を14気筒に改めたことで冷却性能と陳腐化した機構の一新が出来たそうだと聞いた」
欧州は日本との結びつきが強まったことやバルカン戦役の結果によるものか、発動機開発が加熱しているようだ。技術交流やライバル会社の技術革新に発憤した技術者たちの苦労と成果が見て取れる。まぁ、何れも有坂コンツェルンの影がちらつくのであるが。
「甘粕さんたちに米帝様の航空関連への密偵をお願いした方が良いのじゃなくて?」
結奈は険しい表情を浮かべる。その瞳には警戒感がありありとうかがえる。アリサカUSAが撤退して以来、有坂家にはアメリカ国内の情報はそれほど多く入ってこない。無論、付き合いのある財閥や商社などを通じて情報を得たり、出向という偽装身分でA機関の諜報員がアメリカ国内に潜伏してはいるが、以前ほど大規模に情報収集は出来ていないのだ。
無論、これは海軍や陸軍であっても同様で、アメリカ国内に日本人が減ったこともあって活動領域が狭まっている。その中でも協力者を仕立てて情報を得ているが、その質と精度は著しく落ちているのは事実である。
「答えはソ連にあるんじゃないか?」
平賀の言葉は唐突であったが、ある意味では的を射ていたかも知れない。
「先日、陸軍で付き合いのある御仁から聞いた話だが、I-16という新鋭機がとんでもなく高速であったと聞く。その高速性能を活かして数で劣りながら張学良の航空隊を殲滅したと……」
「いや、あれはソ連がR-1820を魔改造したものを積んでいたからでは?」
総一郎はシュベツォフM-62というカーチス・ライトR-1820を魔改造したものがI-16に搭載されていることを知っていたことからそう言ったが、隣で聞いていた結奈は微妙な表情をした。
「旦那様……その魔改造R-1820が米帝様純正の謹製品だったらどうかしら?」
「いや、そんなまさか……」
あり得ないという表情で総一郎は絶句した。
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