大角から贈り物
皇紀2594年 11月20日 帝都東京 海軍省
「閣下、平賀造船中将がおいでになりました」
大角岑生海軍大臣は副官の声で起こされ、いつの間にか眠っていたことに気付いた。
「平賀君、呼び出しておいて済まなかった。君を呼んだのは他でもない……あぁ、君、人払いを頼む。私が呼ぶまでこの部屋に誰も近づけるな」
大角は平賀譲に一言詫びてから副官に人払いを命じる。平賀もそれによって艦政に関する用件ではない別件で呼ばれたと当たりを付けることが出来た。
「閣下、最近は余りお休みになれていないと窺っておりますが……」
「あぁ、そうなのだ。何しろ、我々の知る事態とは違った様相を呈してきた。故に神経を尖らせて方々に密偵を放ちその持ち帰った情報を検討していたら、ついな……」
そう言うと眉間のしわを取るようにほぐす仕草をする。どうも平賀が思っているよりも大角の疲労の度合いは濃いようだ。
「それで、私を呼び出したというのは?」
「察しの通りだ。君にはメッセンジャーになって貰う。君が有坂コンツェルン……陸軍の東條や各省の中堅官僚、財界人と密会をしていることは知っている。そして、君が私や連中と転生者であることは言うまでもなく……」
「まぁ、そうでしょうな。彼らの海軍側での数少ない協力者が私ですからな。また、東郷閣下、鈴木閣下も部外協力者と言えましょう。用兵側の無茶な注文を抑えるためにお二人のお力添えは欠かせません。無論、大角閣下のご要望も同様に……」
「あぁ、大変結構だ。私が画策せんでも君らが上手く根回しをしてくれるおかげで、私は私の策だけに集中出来たのだからな。そして、話は戻るが……この情報を彼らに渡してくれないかね? あと、口に出すことは許さん」
そう言うと引き出しから紙とペンを取り出し、指で紙をトントンと突いた。
「今分かっておるのはそれに書いてある通りだ。何か質問があれば答えるが」
「では、拝見して……」
封筒にしまわれた書類を引き出して目を通す平賀はそこにあったものに眉を顰める。
「閣下、これは……」
思わず声に出てしまったが、大角の一睨みで机に置かれた紙にさらさらっと質問を書く。
――この超々重爆はB-29では?
それに黙って首を横に振る。
――ボーイングはXBLR-1、ダグラスはXBLR-2という名称で試作発注されておるらしい。時期的に考えてB-29ではないが、完成すればB-29並のそれになるだろうな。
――では、B-17ですかな?
――いや、B-17では航続距離の要求が一致せん。よって、大陸間爆撃機と考えるべきだろう。12000kmも飛べる化け物だ。東海岸からロンドン・パリを叩ける。そしてハワイから我が帝都もな……。
平賀はそれ以上の質問を切り上げるとその重大さをよく理解した上で大角に向かって最敬礼を行う。
「平賀君、これは東郷閣下のアレではないが、皇国の興廃に関わると心得て欲しい。そしてその旨を奴らに伝えてくれぬか……中島飛行機の富嶽が早急に我らも必要になるかも知れぬと」
「富嶽……話には聞いておりますが、出来ますかな?」
「そのために有坂は中島に体力を付けさせているのではないのかな。ブリストルとの協業は発動機性能の底上げと技術導入であるし、フォードとの関係も生産能力拡大のためのそれである……そう考えておるのだがな」
大角は平賀に自分の所見を披露する。実際に大角が言う通りであり、飛行機量産体制を構築するにしても赤字経営ではどうにもならないことからトラック生産工場として各地に工場を設立している。ブリストルとの関係があることからジュピター系発動機の習熟は史実以上であり、史実よりも3年も早くハ5の開発が行われており、34年になって量産が始まっている。
空冷星形14気筒のハ5が34年に実用化されたことは非常に大きい進歩であるのだ。史実でハ5が実用化されたのは支那事変の始まった37年であり、排気量37.48Lの大排気量発動機は当時唯一無二の存在だった。
そしてこの世界でも34年時点で35Lを越える発動機は存在しない。同じジュピター系の発展型式であるハーキュリーズ(排気量38.7L:1300馬力)もまだ研究開発が始まった段階であった。これは史実同様スリーブバルブ式を採用したことで手間取っている部分があるが、概ね史実通りの39年頃に量産出来そうである。
三菱が史実よりも早く空冷に転換したとは言っても、金星4型(排気量32.34L:1100馬力)が実用化されたばかりで、大排気量発動機である火星(排気量42.1L:1400馬力)に関してはまだ開発中であり、36年から37年に実用化されることを考えると、この段階で排気量38L弱のハ5は非常に大きなアドバンテージであるのだ。
「私が邪魔をしなかったのはそういうことだと認識してくれたら良い。これでも海軍の陸軍や中島飛行機への横槍を抑えてきたのだからね」
平賀は大角が思っていたよりも東條-有坂枢軸の情報を握っていることを知った瞬間であった。
平賀の表情を横目で見つつ大角は先程までの紙問答で使った紙に火を付けて燃やしている。どうやら完全に灰にして紙問答した事実すら無くそうとしている。
「あぁ、それと……」
思い出したかのように大角は続ける。
「有坂の傘下の酒造が美味い酒を造っておるそうだね。それをこちらにも流してくれると嬉しいと伝えてくれ」
大角の言葉が意味するところを平賀は正しく認識した。それは海軍を主導する大角がこれまでと違って協力を申し出たということに他ならない。そして協力する以上はそちらの握っていることも同様に開示しろということだった。
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