諜報活動
皇紀2594年 11月20日 帝都東京 海軍省
「バルティック艦隊……ガングート級戦艦は米海軍工廠に入渠した模様です。どうやら相当に艦が傷んでいた模様で米政府と海軍が見るに堪えないとお節介を焼いたようです」
副官からの報告で大角岑生海軍大臣は懸案だったバルティック艦隊の動向について一息ついた形になった。
「艦の傷みがどの程度かは分からんが、まぁ、これで太平洋に出てくるという可能性はなくなったようだな」
「当面は出てこられないでしょうが、残余の艦艇は傭船した貨客船とともにニューヨークを出港し引き返したようです……これがクロンシュタット軍港へ向かえば良いのですが、装甲巡洋艦数隻と言えどカムチャツカに到達されますと非常に厄介ではあります」
副官は報告しつつも日露戦争におけるウラジオ艦隊の通商破壊を思い出し苦い表情を浮かべていた。
ウラジオ艦隊の跳梁跋扈によって大陸方面・半島方面への輸送が阻害されただけでなく、陸軍部隊をも沈められ、更に主力艦隊の一部である第二艦隊までも引っ張り回されるというそれは帝国海軍においては苦い思い出である。
「そうならん為の多用途艦の増産である」
大角の言葉に副官も首肯する。東シナ海方面を活動領域として当面は揃えている多用途艦だが、いくら建造期間が短いとは言えどそれなりの期間が掛かる。乗員については八八艦隊で増員したそれを宛てることで十分に賄えているが、それでも今後のことを考えると兵学校や機関学校の増員は必要になるだろう。
「して、合衆国海軍の建艦状況は如何?」
大角はスパイ情報の報告を促した。彼にとって米海軍の新鋭戦艦の情報やそれに付随する航空母艦の情報は今後の帝国海軍の艦隊整備に大きく関わってくるだけにガングート級のそれよりも重要であった。
「現在、改装が遅れることになったのが判明しているコロラド級2隻は引き続き現役続行となりましたが、これについてはソヴィエトが良い仕事をしてくれたと思います。それからアラスカ級と呼ばれる新鋭中型戦艦は全6隻ともに既に進水しており、この調子ですと最短で来年の夏には就役する模様。空いた船台のいくつかは既に別の艦艇を建造する準備が始まっていると報告が来ております」
アラスカ級はどうやら景気対策のためにダラダラと建造するのではなく、即戦力化を目指して突貫工事が行われているようだと大角は察する。副官も同様に感じたからこそ最短でと言う前置きがあったのだろう。
「アラスカ級については今まで通り観察を続けよ、問題は空いた船台で何が建造されるかだ」
「現在、調査中ではありますが、航空母艦の建造の兆候は見られないと言うことです」
「航空隊の整備も行われていないと言うことか?」
空母は何もそれそのものだけ建造すれば良いわけではない。載せる航空機の開発も必要であるし、その航空機に乗せる航空兵の訓練も必要だ。それらを整備するには空母の建造と同じくらいの時間が必要になる。むしろこれが出来ているからこそ空母が建造出来るわけだが、その兆候が見られないと言うことだろうか?
「海軍兵学校があるアナポリスやフィラデルフィア海軍工廠など主要施設近辺の海軍飛行場などに潜入調査を行っておりますが、特別に人員や機材が増えたと言うことは報告にはありません」
副官は資料を再確認しながら報告をし直した。彼も報告書に目を通しているからこそ内容は把握していたが大角が念押しのために聞くのだから見落としがないか再度確認したのだ。だが、やはりそれらしいものはなかった。
「現時点では合衆国はも航空母艦には目もくれていないように見えます……ただ……」
そこで言葉を濁す副官であった。当然、それに食いつく大角だった。
「なんだね? 言いにくいことか?」
「いえ、そうではありません。補足情報として信憑性が低く尚且つ出鱈目なものだという但し書きが付いた情報がありまして……これを報告すべきか悩んだというわけです」
大角の眉がつり上がる。その様子を見て慌てて副官は報告を読み上げる。
「先程も申しました通り、無視してもよい荒唐無稽な情報であるのですが、ダグラス社に発動機4ないし6発の超々重爆が試作発注されたというものです。その航続距離が……12000キロ……真面目に取り合う必要はないのでは……」
その時、大角の表情はいつもの大胆不敵、傲岸不遜といった余裕のあるものではなく、考え込むようなものであった。
「閣下?」
「あぁ、構わん。その荒唐無稽な情報だが、何か資料が纏めてあるのか?」
「いえ、今の段階では試作発注がされたという情報のみです」
「わかった。引き続き新鋭戦艦、新鋭空母、それとその荒唐無稽な超々重爆の調査を厳命せよ」
「眉唾物ですが……」
「それが実現されたらハワイから帝都が空襲出来ることになるぞ」
副官も具体的な標的と発進地を言われると大角の危惧が理解出来た。場合によっては戦艦、空母よりも脅威になるのはこちらではないかと気付いたのだ。
「早速、優先調査対象の変更を指示致します」
「何か少しでも情報が入ったらすぐに知らせる様に」
副官は大角の言葉を受け踵を返して大臣執務室を出て行く。見送った大角は窓辺によって皇居の方を見る。その表情は硬いく唇はかみしめているためか少し変色している。
「奴らは空母の代わりに超々重爆を早期投入するつもりか?」
彼の脳裏には帝都上空を悠々と飛行し爆弾の雨を降らせるB-29のそれが生々しい映像となって流れていた。
「やらせるわけにはいかん……絶対に」
決意を新たに執務机に戻ると受話器を取り交換手を呼び出す。
「交換台、私だ。あぁ、そうだ。海相の大角だ。艦政本部の平賀に繋げ」
暫く待たされると平賀譲造船中将に代わった。
「大臣、如何なさいましたかな?」
「至急、大臣室に来るように……君一人でだ。用件はこちらに来てから話す」
「はぁ、承知致しました」
平賀の返事を聞くと頷いてから受話器を戻す。
「流石にこの情報は彼奴らにも知らせてやらねばなるまい……これは私の手には余る……」
そして平賀が来るまで大角は決裁書類の処理を続け時間を潰したのであった。
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