ホワイトハウス
皇紀2583年9月1日 ワシントン
東京より遅れること13時間のアメリカ合衆国ワシントンにおいて大日本帝国の帝都を壊滅させた巨大地震を知ったのはワシントン時間同日未明のことであった。
帝都東京は赤坂にある駐日米国大使館も倒壊の憂き目に遭った。しかし、駐日大使以下大使館職員は防災演習によって日比谷公園へ避難していたことで人的被害が殆どなかったのが不幸中の幸いだったと言える。
もっとも、大使館そのものは倒壊してしまった上に、小規模とはいえ火災を発生させてしまったことで大使館業務は不可能となり米国本国との通信も出来なくなってしまった。また、この火災は有坂重工業から提供された消防ポンプが赤坂地区の自治消防団の手で運ばれてきたことで早期鎮火させることが出来たのであった。
後日、駐日米国大使の名において赤坂地区の自治消防団へ感謝状が手渡されているが、それはまた別のお話。
さて、アメリカ合衆国政府が関東大震災を知る切っ掛けはなんだったのか……。
それは、横浜に入港していた米国船籍の貨物船に神奈川県警察本部長が泳いで乗り付けて、貨物船の無線機器を使用し、東京府へ無線による救援要請を発したことから始まるのだ。
警察本部長は横浜が壊滅したことで通信網が寸断されたと考えていたが、実際は東京も同様に壊滅しており、東京府からの返信は結局届くことはなかったのだ。だが、同時に大阪方面へも救援要請を発信しており、これには返答が来たことから、全国に帝都壊滅の情報が流れることになるのだ。
だが、この無線を傍受していたのは送信先だけではなく、海軍船橋通信所にも届いており、大連沖の連合艦隊へ救援要請が飛んだのも元々はこの貨物船からの無線による情報だったのだ。そして、この海軍船橋通信所からの救援要請は、連合艦隊だけでなく、支那方面に展開している米国アジア艦隊や英国東洋艦隊も受信しており、それぞれ本国へ緊急電を送ったのである。
時系列は水平に飛んでワシントンDC、ホワイトハウスへ戻る。
「大統領閣下! 大統領閣下!」
ホワイトハウスの主が眠る寝室のドアを叩く音がする。いつもなら、彼の睡眠を邪魔する者はいないが、どうやら今夜は違うようだ。
「あぁ、少し待て……今開ける……」
彼の名はジョン・カルビン・クーリッジ・ジュニア。米国第30代大統領にして、このホワイトハウスの主である。
彼はワシントン会議を主導したウォレン・ガマリエル・ハーディングの副大統領であったが、この年の8月にハーディングは遊説先で急死したことで大統領へ就任したばかりだ。
「一体なんだね? ルール工業地帯で独仏が開戦でもしたのか?」
気だるげに寝室のドアを開けた彼は、ここ最近頭を悩ませている欧州情勢に急激な変化があったのかと考えて尋ねたのだった。
金払いの悪いドイツ人と性格がひん曲がったフランス人が賠償金がらみで取っ組み合いをしていることが彼にとってここ最近では憂鬱な気分にさせる最大の問題だった。
「いえ……ルールは変わりはありません……アジア艦隊からの緊急電が入りまして……」
側近は困惑した表情で言う。
「アジア艦隊? チャイナで暴動でも起きたのか? それなら日常茶飯事だろう……英日と協調して対処すればよいだろう? 彼らにはその権限があるのだからね……」
「いえ、それも違います……」
「では、なにかね?」
クーリッジは睡眠を邪魔されたこともあって気が立っていた。彼には珍しいことだが、最近の欧州情勢を考えれば仕方がなかった。
「地震です……ジャパンのトーキョーが壊滅したと……トーキョーの大使館、ヨコハマの総領事館ともに連絡不通となっております……目下、アジア艦隊は独断でヨコハマの居留民を保護すべく艦艇を急派しつつあると……」
「なん・・・だと・・・」
「ヨコハマは大火災が発生しており、市街地は既に火の海となっているということです……」
「……わかった……すぐに閣議を開かねばならんな……閣僚を招集したまえ……」
「はっ」
クーリッジは退室しようとする側近を呼び止めた。
「待ちたまえ……」
「何か?」
「アジア艦隊へ大統領令を伝えるように手配して欲しい……ワシントンから指示があるまでは貴官が最善と思う行動をせよ……とな……」
「承知しました……早速海軍にその様に伝えます」
一礼して側近は寝室を出て行った。
クーリッジは窓際へ向かい、サイドボードの引き出しから葉巻を取り出すと火をつけてバルコニーに出た。
外は冷っとした風が吹いていた。吐き出した紫煙が流れていく。
「サンフランシスコの借りを返す時が来たか……私は前政権とは違い、日本に冷たい態度は取らない……彼らを追い詰めてはいけないのだ」




